キョウキョウ NOVEL's

キョウキョウ著によるオリジナル小説を公開しています。

01.はじまり

「失敗は許されんぞ。心してかかれ」
「はい」

  豪華に着飾った身なりの老人が、偉そうな態度と斬りつけるような鋭い声で命令する。その命令した相手というのが、白の衣装を全身に纏った手には自身の背よりも大きな杖を持つ少女だった。

 彼らの目の前には魔法陣が描かれた床がある。そして、左右と天井は石積みの壁に囲まれていた。ここは、教会のある地下部屋の中。

 そして彼らのすぐ後ろには、20名の鎧と剣を装備して武装した集団が待機していた。これから行われる儀式の際に、不慮の事態が起こった時に対処するために。それと、もう一つの役目。

 これから行われる儀式というのは、異世界からある人物を召喚するというモノだった。召喚が成功した暁には、まず最初に召喚されてくる人物にインパクトを与えるという役目が、この待機している武装兵達にはあった。

「さぁ、始めろ」
「はい」

 再び少女は老人から厳しく命令された。彼女は、老人に言われた通り動く。指示に従わなければ、暴力による罰が返ってくるのを知っているから歯向かうことは出来ない。

 そして彼女は、一歩だけ前に出ると手に持っていた杖を正面に掲げて呪文を唱え始めた。前もって床に描かれた魔法陣にも、魔力を注ぎ込んでいく。すると、魔法陣の中に流れた魔力が白い光を放ち始めた。部屋の中にまばゆい光があふれる。

「おおっ」

 目を開けていられない程の眩しい光に、少女の側近くに立っていた老人の嬉しそうな声が上がった。それから、後ろに控える武装兵達が威圧感を演出するために武器を構え直して、部屋の中にいる皆が召喚されてくるだろう人物を待ち受けた。

 そして、純白の少女は力を振り絞って最後の仕上げを行う。異世界からの召喚が無事に成功するように、という祈りを込めて。

 

 召喚の儀式が終わると、目の前に広がる白い光が次第に小さくなっていく。見えなかった視界が、だんだんと開けていった。そして、そこには目的の人物が立っているだろうと誰もが予想していた。しかし。

「なんだ、コレは……」

 まず先に、老人の落胆した声が部屋の中に響いた。彼の視線の先には生気が無い、死体のようにしか思えないボロボロの肌や身体、汚れきった服装の人間が5体立っているだけだった。どう見ても低級と格付けされている、モンスターのゾンビだ。

 更に後ろに控えていた兵士たちも,現れたのがただのゾンビという事に肩透かしをくらって、どう対処するべきか小声で言葉を交わし、ざわめきが起きていた。

「あぁぁぁ。うぅぅぅぅ……」「おおおっっっ」
「ぐうううっっっ」「あああああ」「ががううっっっ」

 魔法陣の上に立つゾンビたちがそれぞれ、人間とは思えないうめき声を上げている。その様子を、呆然と見つめる少女。

「そんな……」
「なんということだ。失敗ではないか!」

 言葉を出せない少女の声、儀式が失敗したと認識した老人が大声で喚いている。彼女には儀式が無事に成功したという手応えがあった。だがしかし、実際は目的とは全く別の、モンスターが呼び出されている。

「これは、教会の運命を左右する大事な儀式なのだぞ! あれほど失敗するなと命じたのに、このザマとは。役立たずの聖女めッ!!」
「あうっ!?」

 バコッと部屋の中に音が響くほどの強さで、老人が少女の顔を殴りつけた。老人とは言え大人の男の拳が、呆然としていた彼女に降りかかる。そんな、容赦のない暴力を振るわれた少女は小さな悲鳴を漏らして、床の上にうつ伏せで倒れ込んだ。

 少女の左の頬は真っ白く美しい肌だったのが、老人に殴られ今は赤く腫れ上がって痛々しくなっている。そして、殴られた拍子に口の中を切った少女は、血を吐き出す程の怪我を負っていた。

 

 老人が少女に暴力を振るう姿を目の当たりにした武装兵達は、しかし顔をしかめるだけで、誰も咎めようとする人物は居なかった。老人が婦女暴行をしたところで誰に何も言わせない。それを可能とする権力を老人が持っていたから。

「くそっ! 早く、この醜いゾンビ共を片付けろ」
「了解しました」

 儀式を失敗したこと、しかも呼び出されたのは低級のモンスターであるゾンビ。考えうるに最悪の結果だったと気分を害した老人は、待機していた武装兵達に指示を出して片付けさせる。武装兵隊の中の一人、リーダーである人物が返事をして、ようやく事態の鎮圧に動き出した。

 召喚によって現れたゾンビは、冒険者が駆け出しの頃に相手にするような、兵士が対人戦の訓練に用いるような、注意をすれば危害も非常に少ない低級のモンスターとして知られていた。

 だから、すぐに片付くだろうと油断した気持ちで武装兵達は手に持つ武器を一応構えつつ警戒心は少なくゾンビに近づいていった。まずは、敵の足を斬りつけて転ばせてから確実に頭を潰す。対処方法はバッチリだったから。

 しかし、この場に居る者たちの中で状況を正しく理解しているものは誰も居なかった。このゾンビがその世界に居る、普通のゾンビと同じであると誰もが思い込んでいた。

「うおわっ!」
「おい、何を遊んでるんだ。さっさと仕留めろ」

 兵士の一人、ゾンビの足を狙って振るった剣が空を切った。外すなんて思わず、変な声を上げる様子を見られて、リーダーに注意される。他の武装兵達は、無様な失敗をした一人を笑って見ていた。けれども、そこから状況が一変した。

「な、ぎゃあ!」
「え、うわぁ!?」
「な、まて、ひいいぃ」

 ゾンビを倒そうと近づいていった兵士が、信じられないスピードで接近してきた敵に組み付かれて叫び声を上げる。ゾンビは知性なんか持っておらず、動作がゆっくりしていて、のろい。

 そんなイメージを持っていた為に、予想外な動きの速さで接近してきたゾンビに対処が遅れたから兵士は簡単に捉えられてしまったのだった。

「な、なにかオカシイ! 注意して、早く彼らを助けろ!」

 リーダーの号令で、残りの兵士たちが武器を構え直して用心する。その間も、ゾンビに掴まってしまった兵士たちは剣を振って、もがいて、ゾンビから距離を離そうと試みるのだが、ゾンビの想定外な力強さに逃れられないでいた。

 しかし、まだ鎧を着込んで防御している。だから、大丈夫だと思っていた。

 なのに。

「ぎゃああああ!」
「い、いてぇ、や、やめてぇぇぇぇ!」
「鎧がァァァ!?」

 鉄で出来た鎧を、まるで関係ないという様子でゾンビはかじりついてきた。鉄のプレートでシッカリと仕上げられた鎧は、噛みつかれた箇所がバキッと音立てて、木が割れるような軽い感じで砕け散っていた。

 鉄の鎧は目の前に居るゾンビの噛みつきに対して、何の役にも立っていなかったのだ。

 鎧の下にある人肉にたどり着いたゾンビの歯が、容赦なく突き刺さる。そして、噛み付いたまま、ゾンビは頭を勢いよく離して肉を口の中に噛んだまま頭を離す。兵士の叫び声と食い千切った肉を口の中に頬ばって、ゾンビは咀嚼していた。

 鎧があるから大丈夫だと油断していた所に、予想外な出来事と強烈な痛みによって兵士たちが混乱状態に陥った。教会の重要人物を護衛するため、厳しい訓練で鍛えてきたはずの彼らが泣き叫ぶ事しか出来なかった。

「何をしている! 早く片付けろッ!」

 戦闘が起こっている場所から少し離れて様子を見ていた老人は、召喚失敗に続き新たな不慮の事態が発生していることに気付いて怒鳴るが、武装兵達に聞き届ける余裕はなかった。

 目の前に現れたゾンビは5体。武装兵達は20名が待機していたので数の上では圧倒していた筈が、恐慌状態に陥って戦闘不能になってしまった兵士たち。

 常識とは違う正体不明のゾンビに混乱している間、次々と犠牲者を出して兵士は返り討ちにあってしまった。

「ぐっ! 使えん奴らばかりめ。仕方ない」

 兵士が倒されていくのを不甲斐ないと見ていた老人。自分が対処するしかないかと、面倒に思いつつ行動を始めた。

 ゾンビは死者である。だから、教会の扱う神聖魔法を唱えさえすれば死者が甦ったとされているゾンビなんて一撃で屠るれ。

 聖職者として高い立場に居て権力を握っている老人は、実のところ聖魔法の扱いもそれなりに得意としていた。そもそも、ゾンビの扱いも本来は聖職者に任せるのが一番である。ゾンビは教会の標的だった。

 本当ならばもっと早く武装兵達を助けに入るべきだっただろうが、それを面倒がって兵士に任せたのが失敗だった。

 そして、ゾンビに対する対処法という拠り所が有ったからこそ、兵士全滅という状況を目の前にしても余裕を持って見ていられた老人。兵士が倒された今、面倒なことだが自分で処理しなければならないと彼は考え動き出したのだった。

 聖女に任せようにも、自分が殴り倒して気絶し続けている。つくづく使えん奴らばかりと愚痴りながら、彼は聖魔法を唱えるために杖を掲げた。ただ、次の瞬間には老人の顔色が変わる状況となる。

「くっ、バカな! ……聖魔法が、効かないだと!?」

 老人の放った聖魔法は、召喚されたゾンビに間違いなく直撃した。それなのに、魔法が当たった拍子にゾンビの身体をよろめかせるぐらいで、ピンピンしている。

 聖魔法によって本来ある筈の効果、ダメージを与えてゾンビを倒し身体を死者に戻して朽ちさせる、という状況が起こっていない。しばらく待ってみても、何の変化も無かった。

 聖魔法が失敗したわけでは無い筈だが、もう一度ゾンビに対して聖魔法を食らわせてやると、老人が杖を掲げようと狙いをゾンビに定めた瞬間。

「――――――」
「なぁ!? は、ぎゃああああ!」

 老人の耳に突然、何処からか聞こえてきた青年の声。言葉はハッキリと聞き取れなかったが、それは背中から聞こえてきたようだった。

 老人は虚をつかれて、何者なのか確認しようと振り返ろうとしたが、目を向ける前に姿が見えぬ誰かが老人の首に食いついてきた。

 あまりの激痛に、大声を叫ぶしか出来なかった老人。もがき苦しみ、痛みから逃れようとするけれど、噛み付いてきた誰かを離すことが出来ないでいた。そして、彼は立っていられずに地面に倒れ込む。

「おぉ、生肉はやっぱり美味いなぁ」

 老人は首に激痛を感じながら、そんな誰かの声を聞いていた。しかし、痛みによって他には何も感知できなくなる。一体誰なのか、どんな人物なのか、何のために。湧き上がる疑問を解消できぬまま老人の意識は急速に、声の正体を知る前に失われていった。

 

 

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