キョウキョウ NOVEL's

キョウキョウ著によるオリジナル小説を公開しています。

24.朝の風景

「おはようございます」

 朝9時ちょうどに作業場へとやって来た北島タケルは、大きな声を出して挨拶をしながら部屋の中へと入ってきた。

 漫画を描くために用意したこの場所は、とても広くて部屋もかなりの数あるので住んで生活することも可能だった。けれども、タケルがそうしなかったのは母親や姉妹の説得があって。今はまだ、実家暮らしを続けてとお願いされたからだった。

 それにタケル自身も、プライベートと仕事の時間の意識を切り替えやすいからと毎日実家から作業場へと歩いて通っている。

「おふぁよー、ございます。ししょー」
「二階堂さん。ちゃんと服、着て部屋から出てきてくださいよ」

 大きなあくびをしながら自室から出てきたのは、タケルのアシスタントとなった二階堂早百合だ。彼女は、この作業場に個人部屋を割り振られた後にすぐ住んでいたアパートから引っ越してきた。

 今まで住んでいたアパートが古かったこと、それに家と作業場との往復が面倒だという理由で、少しでも時間を費やして漫画を描く技術を磨くために環境と時間を無駄にしないために、即決で移ってきた。このマンションの家主でもあるタケルも、早百合に住んでもいいと許可を出して自由にさせていた。

 そんな早百合は寝起きの下着姿のままだらしのない格好で現れて、作業場にやって来たタケルを出迎えていた。上半身は、シャツもブラも付けていない半裸状態だ。

 せっかく挨拶で声を出して作業場にやって来た事を主張してみたタケルだったが、そんな気遣いも無駄だった。何の警戒もなく彼女は胸を放り出している。

 もう何度も発生していたアクシデントに、タケルも若干慣れた様子でちゃんと服を着るように指摘する。早百合の大きな身長に見合った立派な胸、視線が引き寄せられる魅力的なソレから強引に視線を外す努力をしながら。

「ごめんなさい。先に顔を洗ってきます。ふぁあー」

 だらしない格好を見られても、早百合は何も気にしていない気楽な様子でタケルに返事する。男性であるタケルには何の警戒心もないまま、口に手を当てて大きなあくびをしつつ。そして寝ぼけたまま、洗面台の方へと歩いていった。

 彼女の謝る言葉は、師匠という敬っているタケルに対して失礼な格好で出迎えししまった事にごめんなさい、と謝っていた。

「……」

 タケルは、洗面所へと去っていった早百合の姿を見て考えていた。

 自分も時々、母親や姉妹の二人に寝起きの姿が男として品行が悪い、と指摘されていることを。もしかして、今の自分が感じているような気持ちで見られていたのかと反省する。人の振り見て我が振り直せ。自分も気をつけなければ、と。

 女性が下着姿で室内を出歩くという事は、この世界の常識では特に珍しいことでもない。逆に男性の方が、親しい間柄でも素肌を晒したり下着姿を見せるのは破廉恥だと言われる。そんな常識に関して未だに慣れていないタケルだった。

 そして、黙ったまま自分のワークデスクに荷物を置くタケル。自分の席につくと、まずは今日のスケジュールを確認する。

 ワークデスクが並べられている部屋の中に置かれた会議室によくある、脚付きのベーシックなホワイトボード。そこに皆の予定が書き込まれていた。それを見れば、皆の予定が一目で把握できる。

 全体的に皆の作業量は少なめで、余裕のあるスケジュールが組まれている。今日の僕の作業も、ゆったりと進めて大丈夫な作業量だ。

 まだ締切の予定日までには、かなり余裕のある時期だから。そんな理由もあったけれど、事前に仕事として計画をきっちりと立てて、無駄な作業やら余分な活動を無くしていった結果、今という余裕な期間が生まれていた。

 ホワイトボードにはアシスタントの二階堂早百合や甲斐萌水の予定が書き込まれているのはもちろん、他にも編集者である咲織の予定も書き込まれていた。

 彼女は編集者という立場で、タケル達とは少し立ち位置が違う。けれども、同人活動を始めた時からずっと一緒で、側にいて支えられ助けてもらった非常に親密な関係になっていた。だから、商業作家になろうと活動を始めた今も密接な距離を続けて取っている。

 担当編集者でもあるので、お互いに予定を伝えておいたほうが都合も良い。

「おはようございます、師匠。今日もお願いします」
「うん。よろしくおねがいします」

 顔を洗って身支度を整えた二階堂が、自分の席に座りながら行儀よく挨拶をした。初対面で顔を合わせた瞬間は、少し攻撃的でアシスタントの仕事も断ろうとした彼女。しかし今、タケルとの勝負を終えてから性格が一変。技量の差を認めて、教えを請う師匠弟子の関係を受け入れている。

 アシスタントの仕事にも全力で挑んでタケルの手助けしながら、タケルの事を師匠と呼んで敬って学んでいた。

「おはようございます、先生。おはよう早百合」

 アシスタントの二人目である甲斐萌水が作業場にやって来て、朝の挨拶をする。彼女は早百合と違って引っ越しせずに、以前住んでいた所に今も続けて住んでいたので通いだ。だがしかし早百合の通勤が必要ない楽そうな暮らしを見て、自分も近々引っ越してこようかと悩んでいる最中でもあった。

「おはようございます甲斐さん。早かったですね」
「おはよう、萌水さん」

 作業場にやって来た甲斐萌水を、挨拶を返して出迎えたタケルと早百合。

「えぇ、今日は目覚めが良かったんで早めに来ました。先生も、いつも早く来ていたみたいですから」

 まだ、作業を始める時間までには余裕がある。しかし、萌水の答えの通りタケルも早めに来ていた。だから、自分も早めに来ようと思った。そう説明しながら萌水は、自分のワークデスクの上に荷物を下ろして一息ついた。

「先生、キッチン使っていいですか?」
「もちろん。どうぞ」
 
 作業場に来て早々、萌水は部屋のキッチンを家主であるタケルに使っていいかどうか律儀に確認した。そして今度は、早百合の方に声を掛ける。

「早百合、もう朝ごはん食べた?」
「まだです」
「それじゃあ、一緒に何か食べれるもの作ろうか?」
「ホント!? お願いします」

 萌水は、一緒にアシスタントをすることになった早百合と積極的に交流しようと声を掛けていた。よく声を掛けられる早百合の方も、萌水との会話ではまだ若干のぎこちなさは有りつつも、気遣ってくれる彼女に少しづつ心を開いていく。

「先生、朝はもう食べてきたんですよね。コーヒー用意しましょうか?」
「うん朝食は食べたから大丈夫。コーヒーはお願いしようかな」

 タケルが、朝食と夕食は実家で食べることを知っている萌水は、一応必要ないかどうか確認してから、朝食とは別に眠気覚ましのコーヒーを用意しようかと提案する。そんな萌水の心遣いに感謝しながらタケルはお願いした。

 タケル、早百合、萌水の三人の中で一番に社会性があるのが萌水だった。

「わかりました、任せて下さい」

 食事の準備に飲み物の準備を任されて、柔らかい笑顔を浮かべながら少し待っていて下さいと告げて、キッチンに入っていった萌水。彼女は、この家で食事の用意を担当していた。

 当初は食事の用意やら何やらは、交代制で担当を決めようとタケルは考えていた。だが、料理をするのが趣味でもあるし慣れているから任せてください、と申し出てきたのが萌水だった。

 それじゃあ任せますとタケルは言って以来、食事担当は甲斐萌水に決まったのだった。

 キッチンにある冷蔵庫の中身管理や、昼食を用意するのが彼女担当となっている。

 そのかわりに、作業場の掃除はタケルと早百合が担当。時々部屋に来る咲織は、その時に忙しそうな方を手伝うという分担で、自然と役割が決まっていった。

 

 

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