キョウキョウ NOVEL's

キョウキョウ著によるオリジナル小説を公開しています。

19-4.完敗

「これは……」

  目の前に出された絵を見たら、勝負に挑む前の勢いは一気に削がれた。そして、負けたと心の底から純粋に敗北を認める結果となった。

 私は漫画家として、先輩として本気で勝つつもりで挑んだ。そこに手抜きは一切ない。

 今までの少ないながらの経験を用いて、1年という短い期間だが連載を持っていた漫画家として、負けないように実力を十分に発揮した。それは勝負の景品にデートを一回という破格のご褒美を認められたという事もあって、絶対に勝ってやろうと思っていたから。

 だから私の今日という日に発揮した実力は、今自分が出せることのできる全力だった。それでも私と彼との間には、勝てないと感じるぐらいの大きな差があった。今の自分では何度挑んだとしても、超えられないだろうと思えるような漫画家として大きな技術力の差。

 漫画家として実力勝負をするなんて、絵を一枚描くだけで測れるものではないだろう。けれども、私は一目彼の絵を見るなり負けを認めてしまった。それだけ彼の描く絵が魅力的で、女性心にそそられるモノだったから。

 これでは、性別が男性だからといって彼の漫画家としての実力を認めないわけにはいかない。実力を目の当たりにして知ってしまった今、そんな愚かなことなんて出来やしない。

「負けました」

 私は自然と床に膝をついて、北島タケルと名乗った彼に向かって土下座の形で頭を下げて負けを受け入れた。内心で思っていた、実力を侮っていたことを謝るためにも。

「まさか、こんな凄い人だったなんて。男性だからと侮って、自分なんかが勝負を挑んで勝てると思ったのが間違いでした……しかも勝負にかこつけて男性をデートになんか誘うなんて……自分は最低です……最低の人間です……」

 彼に対して取った自分の態度を振り返ってみれば、顔を手で覆いたくなるような失敗の数々。

 実力を侮って、少し前までは勝てるつもりで居た。それに、漫画家としての勝負と言っておきながら勝った場合のご褒美にデートを要求する、なんてお願いをしてしまったこと。

 嫌われてもいいから、デートの思い出を作ってもらおうと妄想していた。男の人との接点が全く無い私は、この機会を逃してなるものかと必死だった。しかし、勝負には負けてしまったから叶わぬ願いだ。

 それに冷静に考えてみれば、一歩間違えるとセクハラだと訴えられたら完全に私の方に非がある、不用意な発言だった。振り返って自分の行いを考えてみると、本当に酷い態度だった。

 今も土下座をして謝り続ける私を、そんな事しなくていいからと言って腕を引っ張って立たそうとしてくれている。

 そんな今も、後悔しつつ止められない。肌に触れる男の子の手の感触なんか私の人生において二度と堪能できない感触だろうからと、最後の思い出になるだろうからと考えてじっくり感じ取っていた。

 それなのに、こんな男に対して免疫も無く、むっつりな私に対して彼は優しく接してくれる。

「それで、二階堂さん。負けを認めたという事なんで、アシスタントをお願いできますか?」

 アシスタントを、お願いする……?

 彼の口から出てきた言葉は、何かの聞き間違いではないかと自分を疑う。そして私は、下げていた頭を上げた。

 すると、優しく微笑んで私の顔を覗き込んできたタケル君。何でも受け入れてくれる天使のような笑顔だった。

 私が負けを認めて、彼が勝った。咲織さんと甲斐さんの二人も、私ではなく彼の方が勝ちだったと認めている。勝ち負けが完全に決まったのに、タケル君は勝ち誇ったりせずに私の技術を認めてくれていた。

 しかもアシスタントとして、迎え入れてくれようとしている。酷い態度で接してしまったのに、何の気にもせずに気遣いすら見せてくれていた。

 こんな自分でよかったら、アシスタントでも何でもする。ようやく私の心は素直になれた。

「はい、勿論! ぜひ勉強させて下さい先生……いや、師匠!」
「し、師匠!? それは、ちょっと……」

 そうだ、今までの私は傲慢だった。たかが一回、連載を持てたぐらいの漫画家が
実力に自信を持って他の漫画家を見下すような姿勢があった。今回の勝負も、勝つつもりでいたが返り討ちにあった。しかし、それでよかったのだろう。

 彼のような技術も人格も見習うべき存在に出会えた事、自分の態度の酷さを自覚できた事は本当に良かった。まさに、彼は私の師匠となってくれるような人だと思えたから、師匠と呼ぶことにする。

 新人漫画家のアシスタント仕事として、話を持ってきてくれた咲織さん。編集者として優秀であり、人としても素晴らしい人。もしかしたら、こんな展開になることを予想していたのではないだろうか。

 彼女は私の横柄なプライドに気付いて、タケル君のような凄い漫画家を見習えと、遠回しに指摘する為に私たちを引き合わせたのかも知れない。

 それならば今までの酷い態度だった自分を捨て去って、アシスタントとしての仕事を全力で挑み漫画家としての実力を高めるために、彼を見習わなければと本気で思った。

 

 

<< 前へ  次へ >>     目次

【スポンサーリンク】