キョウキョウ NOVEL's

キョウキョウ著によるオリジナル小説を公開しています。

19-3.勝負へ至る裏側

 その男の子は一体何者なのか疑問に思っていると、彼の後ろに立って一緒に居た咲織さんが説明をしてくれた。彼こそが、今回の仕事としてアシスタントをお願いするという新人漫画家だという事を。

  まだ、私が事情を飲み込めないうちに部屋の中へと案内されると、そこには立派な作業場があった。自分の作業場を思い出して比べてみると、恥ずかしくなるぐらいに立派なもの。

 マンションも外観から家賃が高そうだったし、新人だと聞いていたが何故なんだと思っていた疑問は解決した。男性だから、活動に援助してくれる人が居るのだろう。もしかしたら、咲織さんもお金を出して支援している可能性がある。

 男の子が漫画を描いているという事情を次第に理解し始めると、私は段々とイライラと感情が悪くなり始めるのが自分でも分かった。

 男性に本当のエロが分かるのか。今の自分が雑誌で連載を持てていない状況で、彼のような存在が連載枠を一つ奪い取ろうとしている。実力も分からないが、きっとコネや性別を利用して取ったに違いない。

 証拠もなにも無い、そんな妄想までしているうちに、私なんか彼のアシスタントをしている場合じゃないのではないかと、焦る気持ちが沸き起こった。

「改めて初めまして北島タケルです。近々、雑誌で連載の予定があるので、お二人にはアシスタントをお願いしたくて今日は来てもらいました」

 丁寧な挨拶をする彼の様子を見て、私は自分の中でイメージしている悪い印象から、挨拶なんかも丁寧に取り繕っているだけで、本性はとんでもない悪だと思い込んだ。

「は、初めまして、甲斐萌水と申します。咲織から話は聞いていると思うけれど、私は十年ほど色々な漫画家さんのもとでアシスタントの経験があって、技術には自信があります。どうぞ、よろしくお願いします」

 私の横では、甲斐さんも大人らしい振る舞いで挨拶をする。彼女の後に引き継いて一緒に挨拶をすればいいのも分かっていたが、私の口は開かなかった。結果、黙って彼を見つめるだけ。

「……」

 そんな私を黙ったままジーッと見つめてくる、北島と名乗った男の子。その視線に耐えられなくなって、私は思わずこんな言葉を口にしていた。

「咲織さん、申し訳ないけれどアシスタントのお話は無かった事に」
「え!? どうして?」

 思っていなかったつもりだけれど、咄嗟に私の口から出た言葉は本心だったのかもしれない。断ると言った瞬間に、私のモヤモヤしていた感情が少しスッキリしていた。

「断る理由を教えて下さい。もしかしたら、改善できるかもしれない問題だから。話し合いましょう」
「えっと、その……」

 当然、その理由は聞かれるだろう。しかし、自分の考えを整理できていなかった私は口籠る。しかも男の子から声を掛けられた事に、戸惑いもあった。今まで人生の中でも、数えるぐらいしかない出来事。それから少しの時間だけ考えて、私は答える。

「まさか、男の人だとは思っていなかったから」
「それは私の説明不足で、ごめんなさい。でも男の漫画家だからと言って何か問題が有る?」

 口に出して、しまったと私は言ってしまった後に後悔。しかし、言ってしまったことを無しには出来ない。焦りながら、私は自分の意見で突っ走った。

「それはだって、男なんかにエロを理解できるとは思えない。エロ漫画を描けるとは思えないよ」
「でも、彼の描く作品は素晴らしいわ。私が保証する」

 男の人に、女の日頃から行っている妄想力に勝てるわけない。それは本心だった。

「話を持ってきてくれた咲織さんには申し訳ないけれど、仕事とはいえ男のもとでエロ漫画を描くためのアシスタントなんて納得出来ない。だから私は今回の仕事、断らせてもらう」

 咲織さんには今までとてもお世話にもなっていたが、漫画家として自分の活動を優先しなければならない、そんな考えがあって今回は断ることを決断した。

 それに自分なんか居なくたってスーパーアシスタントの甲斐さんも居るという事が分かっていたから、私は引き下がる決心が出来た要因だった。

 考えて、それなりの答えを出せたと思っていたら、目の前の男の子が待ったをかけた。

「二階堂さんは僕が男だからといって、実力を疑問に思っている。だから、アシスタントの仕事も断るという事ですか」
「ウッ、……はい」

 反論されるなんて思っていなかったから、予想外な彼からの言葉に思わずウッと呻いてしまった。

 そして、慌ててそういう事だと返事。真っ直ぐした目で見つめてくるので、視線を反らしてしまいそうになるが、男なんかに女のエロを理解できないという考えには間違いがない。今の話し合いで視線を反らせたら、自分の持っている意見の負けを認めてしまうことになる。グッと力を込めて、彼に視線を返す。それなのに。

「それなら僕と二階堂さん、どっちがより魅力的な絵を描けるのか、今この場で絵を描いて勝負をしましょう」
「あっ、……うっ」

 男の子の挑発的な目。今まで、こんなに熱い視線を向けてくる男の子に出会ったことなんて無かった。初めての経験。そんな彼の視線に、キュンと胸がときめいていた。

「もし、僕が勝ったらアシスタントのお話を引き受けてもらいます」

 今まで嫌な人物だと思っていたら、一気に印象が変わってしまった。こんなに真正面から、私のようなデカ女に対しても怯まずに向かってきてくれる勇気のある子。

 今更になって、彼に対する好感度が急上昇で良くなっていっている。小さくて男の子っぽくて可愛いし、容姿も悪くないどころか美形。悪い印象を払拭した後にじっくりと見れば、非常に魅力的な男だった。

 そんな事を彼を見つめて考えていたら、再び私の口からは頭に思い浮かべていた願望がそのまま口から出てきていた。

「わかった。じゃあ、私が勝ったら一度私と、で、デートして下さい!」
「うん。いいよ、勝負だ」

 これは私が漫画家の先輩として、彼に新人漫画家として成功できるよう相手になって実力を知らしめよう。

 万が一、今回の出来事で嫌われたとしても一度は彼とデートした、という思い出だけ貰える約束を取り付けることは出来た。

 男とは縁のない私の人生なんかでは、もしかしたら今回の勝負で得られるご褒美は最初で最後のデートになるかも知れない。だからこそ、全身全霊を込めて彼との漫画家としての勝負を執り行った。

 まさか、勝負に負けるとは少しも思っていなかった。

 

 

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