キョウキョウ NOVEL's

キョウキョウ著によるオリジナル小説を公開しています。

14.ファーストミーティング

 とても静かだった店内に、咲織の驚く声が響いた。もちろん、その声は店内に居た他のお客からの注目も集めることになった。その場が、騒然となる。

 「どうしました!?」

 女性店員が飛ぶような勢いで駆け寄ってきて、咲織の目の前に立っている男の子の方に事情を尋ねた。

 これはマズイと思って、何とか釈明しようとする咲織だったが、なんて説明するべきなのか分からなくて口ごもってしまう。

「あ、いえ……」
 
 そんな上手く説明できないでいる咲織に代わって、最初に尋ねられた男の子の方が口を開いた。

「大丈夫です。店内で大声を出してしまって、すみませんでした。それと、アイスコーヒーを一つお願いします」
「は、はぁ……。かしこまりました」

 なんでもないと説明され、騒いでしまったことに関してしっかりと謝られた後、そのまま続けて注文を受けた店員は咲織の方へチラッと不審がる視線を向けつつも、男の子の言葉にとりあえず納得した。

 そして、注文を受けたコーヒーに関して待たせないうちに早く彼のもとに持って来ようと用意する為、素早い動きで店の奥へと引っ込んでいった。

 可憐な王子様という見た目からはギャップのある、頼りになるようなスマートな振る舞いだった。咲織は状況も忘れて、思わず胸を高鳴らせていた。そして、何も言葉を発せず彼を凝視したまま立ち尽くしている。

「とりあえず、座りましょう」
「はっ、ハイ」

 お店にやって来たばかりの男の子と、驚きで椅子から立ち上がっていた咲織。彼の言葉に従って、二人は向かい合って席についた。

 腰を下ろして一息つくなんて余裕も無くて、同じテーブルに座っている男の子を目の前にしている現状に、咲織の頭は更に真っ白のまま。そんな彼女の様子を見て、男の子の方から率先して会話を始めた。

「初めまして、テンセイって名前で活動しています。本名は北島タケルです」
「た、たけるくん」
「はい。よろしくおねがいします」

 呟くような小声で咲織がタケルの名を呼ぶと、シッカリと返事して反応してくれた。

 その何気ない彼の振る舞いが、咲織にとって非常に好ましい印象を持たせていた。つまり、彼のことを一気に好きになってしまったのだ。

「私は、えっと、編集者をやっている仲里咲織です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」

 咲織はタケルに名刺を差し出して、受け取ってもらう。今までの編集者仕事の中でも、最も緊張した名刺交換だった。交換と言っても、相手はまだ名刺を用意していないから咲織が一方的に渡すだけ。名刺を使う機会もまだ無い相手のようだけれども、そんな事は関係なく彼女は最高に緊張していた。

 

 それからしばらく時間を置いて、徐々に落ち着きを取り戻していった咲織。会話をして、タケルの事情についても詳しく話を聞くことが出来ていた。

 彼が、漫画新人賞に何度か作品を応募して漫画家デビューを目指しているらしいという事。

 コンテストでは不合格が続いて、世間からどれ位の評価を得られているかを確かめるために同人誌で試してみた、という事。

 それが意図せず、ネットを騒がせるような大きな出来事になってしまったと彼は語った。

 だがしかし、こんな可愛い男の子にあんな絵が描けるとは到底思えず、にわかには信じがたい。そもそも、男が漫画を描くなんて話すら珍しい。それがエロ漫画を描いているだなんて、聞いたこともなかった。

「本当に……?」

 貴方が描いたのか、という言葉が口に漏れそうになって慌てて止める。流石に言葉にするのは失礼すぎると気付いたから。

 しかし、その前にも既に疑う視線を向けてしまっている事が、彼の気分を害する可能性もあるという事に思い至った。慌てて謝ろうとした咲織に、先んじて口を出すタケル。

「じゃあ、コレでどうでしょうか?」

 彼は、咲織の態度を少しも気にした様子は無かった。それどころか、実際に行動して出来ることを示す。

 バッグの中に持ってきたペンとスケッチブックを取り出すと、疑う咲織に信じてもらおうと、彼女の目の前で簡単なイラストを描いて見せたのだった。

 編集者としての仕事を通して、様々な漫画家を見てきた咲織の目から見ても熟練したペンの使い方、短時間かつ下書き無しでバランスの崩れていないイラスト。その若さで、驚くほど描き慣れていることがよく分かる。それが目の前で行われて、絵の実力は信じるしかなかった。

「すごい……」
「ありがとうございます」

 尊敬の眼差しに変わった咲織から、ストレートな感想。そんなシンプルな言葉で絵を褒められた事でも喜び、笑顔を浮かべるタケルだった。

 実は彼も緊張していて無表情になっていたのだが、絵を褒められてようやく緊張が和らいでいた。

 そんなタケルの表情の変化を目にして、年相応に可愛らしい笑顔を浮かべるのだと分かると、咲織も同じく気持ちが落ち着いていった。男の子の浮かべる笑顔は、癒やしの効果があるなぁ、というような感想を抱きながら。

 それにしても、まさかエロ漫画の編集者の仕事をやっていて男の人と知り合う事になるなんて、彼女は思いもしていなかった。

 しかも、彼は漫画家志望だという。編集者をしている自分ならば彼の夢のために手伝える事も沢山あるだろう。これは、ぜひとも全力を尽くして彼の力になってあげたいと考える咲織だった。

 

 

<< 前へ  次へ >>     目次

【スポンサーリンク】