キョウキョウ NOVEL's

キョウキョウ著によるオリジナル小説を公開しています。

13.作者との初対面

 仲里咲織は、例の同人誌を描いた作者と喫茶店で待ち合わせをしていた。店内にいるお客さんの数は少なく、落ち着いている雰囲気のいい喫茶店だった。そこで、ピシッと決めたスーツ姿で彼女は待ち構えていた。

  そんな準備万端の咲織は、絶対に遅刻は出来ないと約束の時間よりも二十分ほど早く喫茶店に到着して待機している。そして、待っている間にのどが渇いていたので何度も飲み物の注文を繰り返していた。初めて会う作者に、とても緊張していたのだ。

「ふぅ、そろそろかな」

 そわそわする身体を落ち着かせる為に深呼吸する。そして腕時計で時間を確認しながら、約束の人物がやって来るのを今か今かと待っていた。

 テンセイという、今まで世間には名も知られていなかったような作家の同人誌を目にした時の衝撃を、彼女は今でも覚えている。

 この作者ならエロ漫画界の覇権を握ることも夢ではないと思えるぐらいに、他を圧倒する実力と才能を有していると思えた。

 しかも実際に、初めて制作したらしい同人誌がネットを騒がしてしまう、という実績が既にある。しかもこれは事の始まりでしかなくて、これから先も色々な出来事を巻き起こしていくだろうと、咲織には容易に想像できた。

 最近は、女性同士の絡みがメインの百合というジャンルが世間でブームになっていた。けれども咲織は、そんな流行りについて気に入っていなかった。

 漫画の題材に出来ないぐらいに、男性との接点が少ないのは仕方ないこと。だからといって、身近にいる女性の方がキャラクターとして描きやすいからと考える作家が増えて、ブームになるまで百合と呼ばれるジャンルの作品の量が増えてしまうという事態になっている。

 男性を知らないからエロを描けないという、逃げのような姿勢が気に入らなかったから。知らないなりにイメージを働かして、一生懸命にエロティックな漫画を描いて欲しいと咲織はエロ漫画業界に対して常々思っていた。

 エロと言えば、男性と女性の間の性的な交わりがメインであるべきだと、世間に対して言いたかった。

 そんな時に、現れたテンセイという作家のストレートなエロ漫画を目にした時にコレだ! と思ったから即行動に移っていた。他の出版社や編集者には取られないうちに自分が確保しておきたいと思って、多少無理矢理にでも約束を取り付けた。

 スピードを優先するあまり、上司にも報告や相談をしていない。実のところ咲織は、今回の件を独断で行動していた。後で、説明して納得させる。最悪、編集者としての人生を全て捧げても良いという覚悟で今日に臨んでいた。だから、緊張もする。

 しかし、焦ってはいけない。今日は顔合わせだけで、作者の人となりを知ることから始めよう。咲織は、そう考えるよう自分に言い聞かせて落ち着くように仕向けた。あまり多くを求めすぎないようにと。

 テンセイさんという作者が、作品作りや同人活動にどれぐらい力を込めて行っているのか会話をして探る。

 そして、一人の女性としてエロの趣味を共有できたのなら最高だ。あれほどの絵を描ける人なのだから、自分以上にエロを深く理解しているはずだと思うから。

 万が一、仕事がダメだったとしても仕事は別として友人になって、仲良く関係を構築していきたい、と考えていた。

 

 約束の時間、まだ同人誌の作者はやって来ない。その時、喫茶店の扉が開いた。カランカランとドアベルを鳴らして、店の中に一人の男の子が入ってきた。

 咲織は、約束していた人物がやって来たのかと思ってパッと目線を向けてみたら、そこには可愛いらしい男の子が立っているのが目に入った。

 無表情で凛とした態度が人を寄せ付けない雰囲気があったが、見た目は非常に可愛らしい王子様というような容姿をしている。肩には男の子っぽいトートバックを肩に掛けていた。

 見た目は若い男の子で背も小さいし、中学生か小学生ぐらいの幼い子供だろうと、年齢を予想する。

 そんな可愛い男の子は、誰かと待ち合わせをしているのか喫茶店の中を見回している。しかし、店の中には咲織を含めて数人の女性しか居ない。

 はぁー良いなぁ……! あんな男の子と知り合いの女性がこの場に居るなんて、心の底から羨ましいと思う咲織。

 そして、この後の話し合いを彼のような男の子に聞かれてしまう可能性もある。これから会うという約束して来てもらう予定の同人誌作者には申し訳ないが、会話の内容を考えると店を変える必要があるかもしれない。

 あんな可愛い男の子に会話を聞かれたりして、エロいお姉さんなんて思われる。少し想像しただけでも恥ずかしいと感じるような状況だった。

 そんな事を咲織が考えていると、男の子はまっすぐ彼女の座る席の目の前に歩いて近寄ってきた。

 えっ、えっ! 何事!? 

 咲織は、自分にまっすぐ目を向けて近づいてくる男の子にテンパって、頭の中が真っ白になった。そして、同人誌の作者を待ち構えていた時に感じていた緊張よりも、更に強く緊張する。

「あの」
「ひゃ!? は、ハイ、なんでございましょうか?」

 とうとう手を伸ばせば届きそうな程に近い距離まで男の子から近寄られて、声を掛けられた。席に座ったまま受け答えする咲織に、彼女の目の前に立っている男の子。

 王子様風の容姿にピッタリだと感じるような清潔感のある男の子の声を耳にした咲織は慌てて身体が反応してしまい、その拍子に座っている椅子はガタンと大きく動いて変な声が漏れた。

 その後、なんとか返事をすることは出来た。しかし口調がめちゃくちゃで、男性に慣れていない様子が明らかだと、彼女は自分の慌てぶりを恥じる。

「仲里咲織さん、ですか?」
「あ! え? は、はい。そうです。え、なんで私の名前を……?」

 混乱の最中、咲織はなんで男の子が自分の名前を知っているのかという疑問と、異性と会話をして名前を呼ばれるなんて、どれぐらい久しぶりの事なのかという今は関係無いような疑問が沸き起こっていた。しっかりと、混乱は続いている。

「初めまして、テンセイです」
「え?」
「この同人誌を描いた作者です」

 男の子は肩に掛けていたトートバッグから、咲織にだけ見えるように周りからは隠しながらバッグの中に入っていた同人誌を見せて、自己紹介をした。

「え、ええええええぇぇぇぇ!?」

 一瞬の間があった後。男の子の正体を理解した咲織は思わず、店の中に居る状況も忘れて椅子から飛び立つような勢いで立ち上がり、驚いて店内中に響き渡るような大きな叫び声を上げていた。

 

 

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