キョウキョウ NOVEL's

キョウキョウ著によるオリジナル小説を公開しています。

第29話 数万人のプレッシャー

 普段は野球をするグラウンドにはアリーナ席として今は観客席が並べられており、そこにお客さんも並んで座っている。更に奥には普段なら野球を見るためのスタンド席が、今日はライブを鑑賞するためにお客さんが座っている。

 普段は明るく照明が点いているドームの中は、ライブの曲や演出に集中するために全体が暗闇にされている。そんな中で、お客さんが手に持つ色とりどりのペンライトが浮かぶ光景は、そこが別世界のように感じる景色だった。

 数千人のコンサートライブでも、ライブを見ているお客さんの視線にちょっとした力を感じていた。だが、何回か繰り返し実戦を経験することで俺は慣れてきたのかライブでも緊張することは少なくなった。

 だが今日はいつもの十倍以上、数万人もの視線が集まる、桁違いなプレッシャーとなって肌でしっかりと視線の圧を感じていた。もちろん錯覚だろうけれど、遠赤外線ヒーターの放出する熱を更に何倍にも熱くしたような、そんなエネルギーを肌で受け止めるような感覚。

 ただ一つの動作をするだけで、とんでもない疲労が身体に掛かるのが分かる。それを跳ね返して「負けないぞ」という気持ちが無いと、人を楽しませることなんて出来やしない。そんな外界からの刺激があった。

 こんな環境の中で、笑顔を浮かべて疲れも苦しさも興奮さえ感じていないという風に当たり前に振る舞うS+mileというアイドルは、やはりさすがドップアイドルと言うべきか。

「今日は、皆来てくれてありがとう!」

 正田くんのその一言で、会場全体がどよめき爆発したような黄色い声援をお客さんが上げている。会場から届く音が体全体に当たるような感触まである。それだけ熱中してしまう魅力がS+mileというグループにあった。

 後ろでバックダンサーをしている、普段から厳しいレッスンを受けているアイドル訓練生でも笑顔を浮かべて立っているのは難しいだろう。彼らの中には、一曲だけで体力の限界に達して交代しまうバックダンサーも居るぐらい。

 数万人の視線というのは慣れていなければパフォーマンスも満足に提供できない、それぐらいに大変な場所のようだった。

 最悪の場合に備えて予備のバックダンサーも何人か用意されてはいるけれど、こんな大舞台のチャンスを他人に渡す訳にはいかないと、誰もが必死になっていた。その根性が無ければ今日のようなライブには出られはしないだろうけれど。だから皆、必死でパフォーマンスをしている。

 S+mileのメンバーが衣装替えの為に舞台裏へと戻って、数十秒だけ休憩するとまた舞台上に舞い戻ってくる。それをこなせる能力が有るからこそ、何万人、何十万人もファンを集めてライブを開催できるだけの実力という訳なのだろう。

 俺も、彼らの後に必死についていく。体力には自信があるし、この何万人もの環境にだって慣れてみせるという気持ちで。


***


「あー、疲れた」

 ライブも終わりを迎えて、舞台裏に来れば流石に疲れた顔をしたS+mileのメンバーが一言も発さずに楽屋に戻っていくのを見届けて、俺も控室に帰ってくる。

 絞れば滝のように汗が流れ出るであろう濡れ濡れのシャツを脱ぎ捨てて、タオルで湿った肌を拭いていく。今回の4時間あるコンサートでは、S+mileのメンバーは4キロぐらいは体重が減ると言っていたのは本当だろう。後ろで踊っているだけの俺でさえ、2キロも減っているぐらいだ。

 水分補給を済ませて一息つく。他のアイドル訓練生のメンバーは、控室に戻ってくるのがやっとで床に倒れ込んでいる。もうしばらく回復するのに時間がかかるだろう。

 あちこちで倒れている彼らを眺めると、ライブが終わったと実感した。今回参加させてもらったライブは、初めて体験する全国ツアーということで色々な経験をさせてもらった。特に今日なんかの、5万5千人のお客さんの前でするパフォーマンスがこんなにも疲れるものだとは、と実感させてもらっていた。

 それから、小学生の頃には年齢的に参加できなかった打ち上げにも参加させてもらえるようになった。お酒はまだ未成年ということで駄目だが、美味しいご飯は食べられるだろう。とても楽しみだ。

 会場の簡単な片付けやら何やらで打ち上げが始まるまではしばらく時間がかかるそうで、S+mileのメンバーやアイドル訓練生たちも体力をある程度回復するまでに時間が必要だろうから、まだもう少し待機する必要がありそうだ。

 あー、楽しみだなぁ。と打ち上げに思いを馳せているところ、ある男性がこの控室へとやって来た。

「やぁ、みんな。お疲れ様。あぁ、寝ていたままで結構」

 スーツでピシッと決めて眼鏡を掛けた初老の男性。その男が部屋に入ってくるなり、キョロキョロと視線をあちこちに向けて何かを探していた。

「あぁ、そこに居ましたか。赤井くん」
「俺ですか? はぁ、どうも」

 顔を見られて名前を呼ばれて、その男は俺に向かって歩み寄ってくる。目的はどうやら俺のようだった。一体誰だと思い出すため顔をよく見てみると、ウチの事務所の副社長だということが分かった。突然やって来て、何の用だろうか。

 

 

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