ほとんど毎日、アイドル訓練生としてレッスンを受けてトレーニングを積む日々。もちろん午前中は小学生として授業を受けていたが、夏休みに突入すると自由になる時間が一気に増えた。
そんな頃に事務所から、所属するアイドルグループが八月に行う夏のライブへの出演要請があった。と言っても、もちろんメインで出演して何かをする訳では無くバックダンサーという引き立て役としてだけど。
歩合給が出るちゃんとした仕事だし、何よりお客様の前に出て楽しませることが必要な実戦となるライブである。という訳で、アイドル訓練生となってからの初仕事を頂くことになった。
ちなみに今期に採用された新人アイドルの数は32名も居るらしいのだが、この採用された人たちはまだレッスンを受けたりして鍛えている途中なので、採用された同期の中では俺が初めて仕事を受けることになった。
本来なら、小学生というまだ幼い子供である俺はしっかりとレッスンを受けさせてもらいながら、長い期間の見通しで徐々に育てていくのが本来の計画だったらしい。
けれどレッスンでの能力と成果を見てインストラクターの人が、これほど踊れるのにレッスン漬けでは勿体無い、早く現場に出して経験を積ませるべきだと上層部に報告してくれたんだという。
話し合いが行われて、それなら試しに一度ライブに出してみようというような経緯があって、事務所に所属することになってまだ二ヶ月少ししか経っていないにもかかわらず今回の仕事が決まったのだ。
つまりは今回の仕事を失敗すれば当分の間はレッスンを受ける日々に戻ることになって、ライブにしばらく出してもらえなくなるかもしれない、という事らしい。
逆に言えば、ココで成功すれば今後も使ってくれる機会が増えて活躍できる場面を手にする可能性が高くなる、ということだろう。
普通なら俺が引き受けて大丈夫だろうか、とか他の人に役目を譲ったほうがいいんじゃないか、とかを考えてプレッシャーに感じるかもしれないが、俺はあまり気にはしていなかった。
成功したら良かったと思えるだろうし、失敗したらまぁ駄目でしたで関係者の人に謝ればいいかと考えているぐらいだった。とにかく、そんな重荷に感じてはないかった。
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今回参加させてもらうのは、Beyond Boysというグループの行うライブだそうだ。一糸乱れぬ一体感とキレのあるダンスを得意とする、去年に新しく出来たばかりのグループだそう。
今はまだ世間に知られていないけれど、知る人ぞ知る新進気鋭の6人組アイドルグループということらしい。
俺は事務所の先輩となる人たちに対して失礼ながら、知らないグループだったので今回話を聞いてはじめて存在を知ることになった人たちだった。
ライブを二週間後に控えた今、映像資料を見て本番に向けて練習をしている。俺が見たのは、一回前に行われたBeyond Boysのライブを撮影した映像。今回は、前のオーディションの時のように振り付けを知らないで出るなんて事はできないから手抜かりがないよう入念に準備していた。
映像を見れば、一曲踊るだけでもかなり体力を消耗することが分かるぐらいに激しく動き続けるダンスだ。バックダンサーも盛り上げるために、控えめにしつつも実は物凄い勢いでステージを動き回っている。
コンサートを行なう時に演奏する曲名と順番を記した文書である、セットリストは事前に頂いていた。それによれば、ライブは全22曲の約2時間とする予定が組まれている。そんな中で俺の出番は2曲のみ、終盤直前の曲でバックダンサーを任されることになっていた。
小学生では体力が持たないだろうから、フルで出るのではなく途中で交代して曲も少なめにと言う判断だろう。あくまでも、インストラクターが絶賛してくれた俺の能力がどの程度のものなのか確認するのが、今回のバックダンサーとして抜擢した理由だから。
会場はFrieden TOKYOという名前のライブハウスで、キャパが2700名超というなかなかに大きな場所で行われるとのこと。
ライブに向けた準備を行っている最中も、レッスンは休まず受けに行ってインストラクターの基礎練習メニューはこなしていた。
そのレッスンの合間に一度、初日から付いてもらってインストラクターをしてくれている彼にも、ライブで披露するバックダンサーの振り付けを習得したという、その成果を見せてお墨付きをもらった。
「ざっと見させてもらったところには何も問題ない。後は、それを本番のライブで緊張せずどれだけ発揮できるか、ということが大事だ。本番前に行うリハーサルでは、特に体の調子は気をつけてチェックするように。……というか、コレを独力で覚えてしまうのなら私の必要性を感じなくなってしまうね」
「ありがとうございます。あ、いえ。先生に確認してもらって安心できました。プロの人の目線から見て問題ないと保証してもらえなかったら、今も不安だったかもしれません」
落ち込むインストラクターを何とかなだめる。プロである彼の目線から見て、自分の役割の必要性を危ぶむまで、そして落ち込んだ様子を見せてくれて大丈夫なんだと、言葉に嘘は無く本当に安心はできた。
「俺も早く仕事したい」
「あはは、剛輝もすぐに要請が来るさ」
眉をひそめて威嚇するように、羨ましそうだと眺めてくる剛輝。実は、俺のバックダンサーとしての成功があれば、青地も他のライブでバックダンサーデビューの予定があったりするのを聞いていた。彼もレッスンを休み無くしっかりと受けて成長していった結果、色々と見出してもらって評価されているアイドル訓練生の一人だった。
まだ本人に伝えられてはいないが、そういう意味でも今回の初仕事は失敗はできそうにない。
こうして、諸々の準備を終えてようやく俺はアイドル訓練生として、バックダンサーとしての仕事を受けてライブに出演する本番の日を迎える。