いまさら言っても覆せない

「そなたに向けた婚約破棄を、撤回させてくれ」
「はぁ?」

 それは館の主であるテレジアが夕食を済ませて、食後のティータイムを楽しんでいた時の事だった。そんな彼女のプライベートな場所に突然やって来て、王子は何の前置きもなくそう言った。

 王子の言葉通り、テレジアは王子の元婚約者であった。彼女は、突然にも婚約破棄を王子から直接言い渡されてから、今は王城から出て近くの館で数人の侍女に世話をされながら静かに暮らしていた。

 そんな場所に突然、知らせもなく王子に来られた事にも驚いていたけれど、それ以上に彼から思いもよらない言葉を向けられて、テレジアはびっくりしていた。

 その驚き様は、普段から淑女らしく振る舞うことを完璧にこなしていた彼女の口から漏れた、普段なら口に出るのを止める様な淑女にあるまじき呆れ声によって明らかだった。

 しかし、驚いていたり呆れたりしている様子のテレジアを一切気にせずに話し続ける王子は、誰が見ても空気を読めていなかった。それは、王族という特権階級独特の傲慢さと言うよりも彼の性格からによるモノが大きかった。

「私が、間違っていた。私の運命だと思っていた、あの女性は錯覚だったらしい。いや……、むしろ私達の運命を弄ぶ為にやって来た、悪魔の使いだったのかもしれない」

 王子の口から次々に流れ出て来る言葉、一体何があったのか興味もないし聞いても詮無いソレを聞き流しながら、テレジアはどうやって彼を館から厄介事を起こさず、巻き込まれないようにしながら追い返そうか、方法を考えていた。

 しばらくして、王子が入ってきた扉から同じように後から入ってきた、テレジアの侍女を任されている女性が入ってくるのをテレジアは確認した。

 その侍女は落ち着いた様子で振る舞おうとしているけれど、その試みは失敗して慌てた様子で部屋に入ってきた。その様子を見たテレジアは、王子が訪問の前置きも無くこの館にやって来た、厄介なお客様であるのだと理解していた。

「王子様、お久し振りにお会い出来た事を嬉しく感じております。しかし、事前に迎える準備も出来ておりません。なので、後日再び話し合いの席を設けますので、お手数ですが今日は御引取を願います」
「出迎えの準備は、無用だ。今日伝えに来たのは、婚約破棄を撤回したいという願いだけだ。どうやらそなたは、受け入れてくれたみたいだから、私も嬉しく思う」

 テレジアの社交辞令を嬉しそうに聞いている王子。言葉の通りの自己完結をしながら、楽しげな笑顔を浮かべている。

 彼女の遠回しな追い返そうとしている言葉に気づいていない状況の察しの悪さ、婚約破棄の撤回を受け入れている、なんて有りはしない事実を展開させる、彼の独り善がりな理解の仕方に、テレジアは再び唖然とさせられていた。だが、気を引き締めて王子に対応することに心を切り替えた。

「王子様、私は婚約破棄の撤回を受け入れるつもりは一切ありません」
「え?」

 テレジアの言葉に、今度は王子が想定していなかったという様な表情で、彼女を見つめ返していた。現に彼は、テレジアが婚約破棄の撤回を認めないという事実を想定していなかったのだろう。

 撤回は受け入れないと断言したテレジアはそもそも、と前置きをしてから婚約破棄の撤回を了承しない理由を丁寧に王子に向けて述べていった。

「第一に、王族である貴方が学園のパーティで、貴族の子女達が歓談している前で宣言した婚約破棄は、既に周知の事実として王国中に知られてしまいました。いまさら撤回する、なんて引っ繰り返す行動は出来ないでしょう」
「……」

 先程のテレジアの様子とは逆になるような、黙り込んだ王子を気にせずにテレジアが話を続けた。

「第二に、既に私は、貴方と繋げていた心が離れてしまっています。以前のような関係に戻ることは、不可能でしょう」
「っく……」

 テレジアの内心の現状を突きつけられて、呻くだけの王子。

 人の多くいる場所で成された婚約破棄、そのために多くの人達が知ることになった婚約破棄をわざわざ撤回する、なんて伝えに来るぐらいの行動を起こした王子の心は、テレジアに向けた多少の愛情が残っている事を、彼女は感じていた。
 けれど、一方ではテレジアの方に少しの愛情も残っていなかった。

 なにしろ幼い頃から、ずっと生涯を共にするという誓いが成された関係であり、王国の発展のために、王国に相応しい王妃になるために教育を施されていた。なのに、蓋を開けてみれば愛や恋と言った感情に惑わされた王子によって、積み上げてきた事を簡単に壊されて、そしてコレ以上無いと言うほどの場所とタイミングで行われ、恥をかかされた婚約破棄。
 愛情を失くしてしまう出来事としては、十分だろう。

「そして何より」
 テレジアは、言葉を詰まらせながら婚約破棄を撤回できない最大の理由を、意を決して王子に伝えた。

「私は、子供を生み出す能力を神官によって封じ込められました。だから、跡継ぎの出来ない私では、王妃に成るなんて事は永久に不可能でしょう」
「は? そんな、馬鹿な……。何故だ? 何故、そんな事になっている?」

 テレジアは、子供の出来ない身体となっていた。彼女にとって、口に出す事も辛い事実だったけれど、何も理解している様子のない王子に突きつけるために言葉に出していた。
 そして、今まで黙って聞いていた王子は混乱して詳しい状況を聞き出そうとしていた。

「何故? それは、貴方が婚約破棄を申し渡したからでしょう」

 王子の婚約者であったテレジアは、未来の王国において王位継承の問題に禍根を残さないために、王族と関係した女性は、結婚前の関係であっても他の貴族との間に子供を作らせる訳にはいかないので、婚約破棄を言い渡された事で、神殿の持つ秘術によって一生子供を作れない身体と成っていた。

 テレジアにとって辛い選択だったけれど、ソレを選ばなければ今よりももっと自由を奪われる生活を強いられる。牢に入れられ幽閉されるか、最悪は安楽死という状況もありえただろうから、婚約破棄によって将来の暗い道筋は決まってしまっていた。

「違う……。そんな事になるなんて、まさか、そんな……」
 今ごろになってテレジアの状態を知り、安易な行動に出たことを地面に蹲って嘆く王子。テレジアは、いまさら言っても覆せないことは明らかだったろうに、という思いを浮かべながら冷徹な目線を向けるだけで、何も言わずに彼の醜態を眺め続けるだけだった。

 

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