第29話 逃走

「その男を跪かせろ」
 女王は顔を笑顔から無表情に変えて、王国兵に向かって指示を出した。どうやら女王は僕を、力によって屈辱を与えて言う事を聞かせようとしているらしい。

 指示を受けた王国兵は僕に近寄り頭に向けて手を伸ばす。どうやら女王様の指示通りに頭を押さえつけて跪かせようというのだろうが、さすがに僕はそこまでされるのなら黙ったままでは居ない。向けられる手に抵抗する。と言っても、今の僕の見た目では何もしていないように突っ立って居るだけで無抵抗を装っていた。

 僕に向かって伸ばされた王国兵の手は、見えない何かに阻まれてバチッと電気が流れたように弾かれた。
「なっ!?」
 伸ばした手は弾かれて、意図せず天井に向かって伸びる。頭を押さえつけようと手を伸ばして来た王国兵は、思いもよらない事態に声を上げた。しかしすぐに気を取り直して、もう一度頭に無かって手を伸ばすが再び見えない何かによって、手を弾かれる。

「何をしてる!」
 女王様が僕と王国兵とのやり取りを見て、王国兵の醜態に怒りの声を出す。女王様の叱責の声に、僕に手を向けた王国兵はビクリと身体を震わせて今度は両手を伸ばすが、やはり手が弾かれて僕の頭に手をやれない。
 普通とはちょっと違う防御魔法が僕の全身を包み込んで彼女の接触を阻んでいる。そして、彼女が何度も繰り返し手を伸ばす様を僕は黙って見ていた。ようやく手を伸ばしていた王国兵は僕が何をしているのか気づいて声を上げる。

「こいつ、魔法を!」
「何っ! 用意させた腕輪を付けさせなかったのかッ!」
 焦ったような王国兵と女王様の声。どうやら僕が身につけた腕輪によって、僕は今魔法を使えない状態だと思っていたらしい。まさかこんな腕輪を過信して、魔法を使えないように出来ると思っていたとは。僕は呆れながら、彼女たちの目の前で腕輪を外す。

「流石にこんなものでは、僕を魔法使用不能にすることは出来ませんよ」
 取り外した腕輪を前に突き出し女王様に見せながら言う。

「馬鹿なッ! そんな簡単に取り外せるなんて。本人にはどうやったって外せないように魔法をかけてあったはず!」
 今までずっと沈黙を保ってきた女王の側に立っていた女性が、僕が腕輪を外して見せたら目を見開いて僕の外した腕輪を見ながら叫んだ。どうやら、彼女がこの腕輪を用意したらしい。
 しかし、本人では外せないような魔法とはなんだろうか。まさか、この落し物防止と思っていた魔法は、本当は装備した本人に取り外し出来ないように拘束するためのものだったのだろうか。
 確かに落し物防止と思っていた魔法によって腕にまとわりついて外れにくくなっていたけれど、取ろうと思えば簡単に取れて拘束する程に効力はないため、本当に落し物防止用の魔法だと思い込んでいた。
 と言うか、魔法使いの拘束に使うならば普通は落し物防止の魔法などではなく、何かしら本人に取り外せないようにする仕組みを組み込むか。そう考えると、僕が勘違いしていたことが分かる。

「くそっ! 傷つけても構わん、取り押さえろ!」
 先程まで余裕を見せていた女王が、今では焦って王国兵に指示を飛ばしている。しかし、“傷つけても構わん”か。女王の支持を受けて、王国兵は腰に掛けてある鞘から剣を抜いて構える。本当に容赦なく僕を捕まえるつもりのようだ。

 どうしようかと迷う。状況を一応は知れたが、また別の問題を起こしてしまった。このまま、逃げようか。5人の王国兵に剣を向けられながら考える。

「今すぐ降参しろ。今ならまだ、抵抗したことを許してやらんこともない」
 僕が考え事をしている間、次の行動をどうするか迷っていると、僕が何も行動を起こせないと見て女王は勝ち誇ったような顔をして降参をするように言ってきた。部屋に入ってきた時は、口元に微笑を浮かべて高貴な雰囲気を感じさせたが、驚いて、激高し、勝ち誇る様な顔の変化を見てきて、今や小物の匂いしかしない。

「降参なんてしませんよ」
 剣を突きつけられながら、僕は彼女たちに笑顔を浮かべて言う。そして笑顔を浮かべた瞬間、魔法で時間を操る。僕は彼女たちからこれ以上何も情報を聞き出せないだろうと判断し、逃げることにした。
 この部屋から出る道は、入ってきた時の廊下に続く扉か、それとも外へ続く窓か。

 すぐに廊下へ出る扉を選択して、動く。幸い鍵は掛かってなかったので、ドアノブだけ捻り内開きの扉を開ける。と言っても、扉は3分の1だけを開いて、その隙間に身体を通して向こう側の廊下に出てすぐに扉を締める。

 廊下に出た所で時間操作を止めて、時間の流れを正常に戻す。体感的にはドラゴン戦の時に比べて非常に短い時間、十秒間程を操作した。
 部屋の中では全員が混乱しているだろう。敵対し、剣を向けられて部屋にいる女性たち全員の目線を集めていたが、魔法を使う前兆を見せないうちに魔法で転移したように消えたのだから。
 しかし、時間を操作して扉を普通に開けて出て行ったとは思わないだろう。中に居る人間たちが混乱しているうちに王城を出ようと思ったが、早速困る。全然道がわからない。仕方がないので適当に進もうとした時に、背中から誰かに声をかけられる。

「エリオット」
 声の聞こえ方から、非常に近い距離だった。

 先ほど扉を通るときに廊下を簡単だがチラッと見た時に人影はなかったはず。まさか近くに人が居るとは思っていなかったので、僕は声が出そうなぐらいに驚いたが何とかこらえた。
 非常にか細い女性の声。確かに僕の名前を呼んだが一体誰だろうと振り向く。そこに居たのは僕よりも少しだけ背の高い女性が立っていて、感情を一切感じさせない無表情で僕を見つめていた。僕の身長よりちょっとだけ高いということは155cmぐらいの高さだろうか。前世の女性平均で考えたならば、平均に比べて少し小さいぐらいだろうけれど、この世界の女性基準で考えると非常に背が低い。
 10代後半だろうか、非常に若く見えるその女性。彼女の顔の観察を続けても、まったく見覚えがなかった。
 直接彼女に君は一体誰だと聞こうとすると、彼女は自分の唇に人差し指を立てて声を出さないようにするジェスチャーを向けられる。そのまま非常に小さな声で、“外へ案内する、付いて来て”と言われた。

 王城に居た見覚えのない女性。普通なら敵と認識するだろうが、見た目の第一印象と、見た時に感じた勘によれば何故か彼女が敵だと僕には思えなくて警戒心が緩む。
 そもそも僕は彼女に声をかけられるまで気づいていなかったので、その時に攻撃をされれば死にはしないが、ビックリしていただろう。暗殺がなかったことを考えると一応は信じてみたくなる。
 謎の女性は僕の返事を待つこと無く、王城の廊下を進んでいく。彼女に付いて行くか、それとも別の道を探すか一瞬迷ったが、王城の構造をよく知らない状態なので、彼女が来る前の行き先も適当に決めて進もうと思っていたので、彼女に賭けてみることにした。

 扉の向こうで起こっている騒ぎが大きくなってきて、女王や王国兵の誰かがいつ扉を開けて出てくるかもわからない。
 進む道を悩んで選んでいる時間ももったいない。何も考えずに彼女の後について行って、後で問題が起こればその時にまた方法を考えればいいかと安易な考えで謎の女性に付いて行く。

 謎の女性は廊下を足音が一切聞こえない静かな歩き方で進んで、僕も彼女の後を付いて音を立てないように歩く。廊下を進んでいくと、女性がいきなり廊下の隅にあった隠してある扉を開けて僕を中へと招き入れる。
 隠し扉の先が一体どうなっているかわからなかったので、一瞬躊躇したが彼女の後を付いて行くと考えて、今のところ怪しい感じはしないために更に後を付いて行った。

 色々な隠し扉や隠しルートを駆使して、隠された道を進んでいく。先ほど城へ入ってくる時に使っていた道とは全然別のルート。ドンドン進んでいくと、本当に王城から外へと出ることが出来た。彼女は嘘偽りなく本当に外へ続く道を教えてくれたのだった。

 

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