第10話 貴族様

 事情聴取は時間を掛けてしつこく続けられた。だが、襲われていた女性であるバーバラが精神的にも肉体的にも疲れがピークに達したのか、言葉少なくなってきた事に気づいた兵士が聴取を一旦中断して彼女を休ませる事にした。

「彼女を医務室に連れて行く。すまないが、少しだけ部屋で待っていてくれ」
「はい、わかりました」

 兵士に対して素直に了承の返事をして、彼らを部屋から送り出す。部屋の中に残されたのは、俺とアルビナの二人だけ。既に事件発生から随分と時間を取られていて、これ以上は手間を要するのにはストレスを感じていた。

 バーバラという女性は、無事に兵士に保護され危険も去った。事件については詳細を説明し終えたし、カイニーアと呼ばれる街に来た当初の目的であるアルビナ用の生活用品も買い集め終えていた。これ以上は、街に滞在する必要も無いだろうし姿を消しても問題ないだろうと判断する。

「もう待つのも面倒だから、逃げ出そう」
「! アイルトン様、何も言わずに部屋から出て行けば彼ら兵士達が困ってしまうかもしれません。申し訳ないのですが、兵士が戻ってくるまで待って居てもらえないでしょうか?」
「あー、うん。じゃあ、もう少しだけ待とう」
「ありがとうございます、アイルトン様」

 アルビナが悪いわけでも無いのに、申し訳無さそうな表情と若干の震える声で立ち上がろうとした俺を呼び止める。確かに待たせていた人間が何も言わずに姿を消してしまったら、探し出そうと彼らの仕事を増やしてしまうかもしれない。

 部屋で待つと了承の返事までしてしまったので、アルビナに免じてもうしばらくだけ待ってみようと腰を下ろした。

「ん?」
「どうしました? アイルトン様」
「部屋の外が、何やら騒がしいな」
「そうなのですか?」

 男性の声が二人分、一方は偉そうに「部屋にさっさと案内しろ」やら「グズグズするな」と命令している様子で、一方は下手に出るように「お待ち下さい」やら「申し訳ございません」と謝る声が聞こえてきた。

 外を騒がしている二人の他にも、六人の男たちが会話をしている二人の周りを囲んでいる気配を感じた。そして、彼らは俺達の待っている部屋に向かって歩いてくるようだった。

「どうやら、この部屋に近付いてくるな」
「本当ですね、声と足音が聞こえてきます」

 二人で外の様子を伺っているうちに、騒ぎの原因であろう彼らは部屋にノックもせずに入ってきた。

「本当に、こんな場所に居られましたかアルビナ様」
「えっ?」

 太った中年の男性が、部屋に入ってくるなりアルビナに視線を向けて下品な笑みを浮かべ話し出した。アルビナには一応、顔を覗き込んでみ見えないような効果のある特別なローブを被らせて変装してもらい、身分がバレないように顔を隠させていたつもりだったが、彼女だという事を知られているようだった。

「お久しぶりです、ソル公爵です。アルビナ様が、何やら事件に巻き込まれていると耳にしてお迎えに参りました。さぁ、こんな汚らしい場所はアルビナ様に相応しくありません。今日はもう遅いですし私の屋敷に案内しますので、そちらでお寛ぎください。国王には明日、私が直接説明しますので何の心配もありませんよ」
「あの、えっと」

 突然登場して喋り続けているソル公爵と名乗る彼は、とっても偉い貴族様らしい。しかし話しかけられているアルビナは、揉み手をして近付いてくるソル公爵に対して、嫌悪感を抱いたような表情を浮かべている。

 アルビナの表情を見て俺は、ざっくりとどの様な人物なのか見当をつける。どうやら、醜く太った見た目通り、良くない人間のようだ。

「ささっ、何も気にせず私に付いて来てください」

 アルビナに向けて無遠慮に伸ばしてきたソル公爵の手を、遮るようにして俺は立ち上がった。アルビナとの接触を妨げられたソル公爵は、今はじめて俺が居るのに気づいたのか、それとも邪魔なんてされないと予想していたのか、驚きの表情を見せた後に、睨むような視線を俺に向けてきた。

「何だ貴様は?」
「勝手に俺のモノを持っていてもらっては、困るんだがなぁ」
「は?」

 アルビナは俺のモノだという言葉の意味を理解できていないのか、呆けた表情を浮かべるソル公爵。

「どうやら、頭のおかしい人間が居るようだ。邪魔だ、退け」

 ソル公爵は、乱暴に俺の肩を叩いて退かせようとするが、俺は地面に根を張った大樹の如く微動だにしない。

 見た目で言えば、醜く太った肥満の貴族様と普通な体型の俺とでは、体重差で簡単に突き飛ばせそうな様子なのに、俺はピクリとも動かない。むしろ、力を込めて押そうとしたソル公爵の方が反対に転びそうになっていた。

「ぐっ!? おい、コイツを退かせろ!!」
「「「はい、直ぐに」」」

 ソル公爵は、その貧弱な力だけでは俺の身体を動かせないと分かったのか、引き連れていたお供に向かって大声で、ツバを飛ばしながら命令を下した。

「邪魔だ!」「そこを退け!」「大人しく言うことを聞けッ!」

 命令されて動き出した屈強な三人は、声を上げて近付いてくると俺の頭と両腕に手を伸ばしてきた。どうやら、力ずくで床に引き倒してから、俺をアルビナの前から退かせようという考えらしい。もちろん、抵抗する。

「無駄だ」
「え?」「なに!?」「っぐはっ!」
 伸ばしてきた彼らの手を逆に掴んで、力任せに引っ張ったり、足を思い切り引っ掛けて一瞬で三人を地面に転ばせる。

「……!?」

 状況を見ていたソル公爵は、直ぐに男たちの手で俺が床に這いつくばる未来を想像していたのだろう。だが実際は、俺に向かってきた三人が逆に、いとも簡単に床へと打ち倒されている。

「き、貴様! 誰に歯向かっているのか、理解しているのだろうな!? おい、番兵! 貴族に逆らう、この無礼な男をひっ捕らえろ!」

 今度は権力を笠に着て脅しながら、なおも立ち向かってくるソル公爵。面倒な人間に絡まれ不愉快な気持ちになった俺は、けれど武力には頼らず相手を打ちのめしたいと考えた。そして、この場所で自分の正体を明かしてやろうと思い至った。

「貴様こそ、誰に向かって口を開いているのか、理解しているのであろうな」

 厳かな口調に変えて、人間の見た目に変化させていた右腕と隠していた翼だけドラゴンのモノに戻して部屋の中一杯に広げる。

「な、な、なぁ!?」

 俺が只の人間ではない事、そして、この国で崇められているドラゴンであると正体を明かしてやる。すると、腰を抜かしたのか地面へとへたり込み、それでも距離を取ろうとあたふたしながら下がろうともがくソル公爵。

「ま、ま、魔物だ! 人間に化けた、魔物だッ! 番兵、コイツをどうにかしろッ!」
「ただの魔物、じゃなくてドラゴンなんだがなぁ」

 どうやら、俺がドラゴンであることを正しく理解されなかったからなのか、ソル公爵は兵士達に俺を退治するように助けを求めていた。

 しかし、俺が認識していたルセンディア王国のドラゴン信仰は思っていたものと違っていたようだ。ドラゴンという身分を明かせば、ハハーッと頭を下げられ敬われるモノでは無いんだな。

 なんて考えていたら、よくよく辺りを見てみると、恐れ慄いている貴族と、後ろに居るアルビナ以外の人間達が一斉に、土下座するような形になって床に頭を擦り付けていた。

 

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