プロローグ

「アイルトン! どこに居るの? アイルトン!」
「母さん、ここだよ」

 薄暗い洞窟の中で寝そべっていた俺の耳に、甲高い女性の声が届いて聞こえたので、俺は地面に下ろしていた頭をのっしりと上げてから、声のした方向へと目を向ける。そうして、その女性の声の主に向かって返事をしていた。

 俺の視線の先には、声の主であり母親であるセミラが人間状態の姿で立っているのが見えたのだった。

 真っ白な長髪で、背が低い可愛らしい美少女と言える。人間だったならば、まだ十代ぐらいの少女である年頃な見た目をしている美しい女性だけれど、俺は彼女が何千年もの時を経た老ドラゴンであることを、本人の口から告げられて知っていた。

「久しぶりだね、母さん」

 本当に会うのも久しぶりだと頭に思い浮かべながら、素直に感じて口に出た言葉だった。そう感じているのと同時に、母親が俺の寝床に来たという事は何時もの小言を言いに来たのだろうと、厄介事であろう用件にすぐ勘付いて警戒心も抱いていた。

「”母さん”じゃないわ! セミラと呼んで頂戴。あと、話しにくいから姿を小さくして。すぐに!」

 プリプリと可愛らしい怒り顔で、名前を呼ぶように強制してくる母さん。ココで逆らうと、いつまでも話が進まないので彼女の言う通りにする。

「わかったよ、かあ……セミラ」

 セミラは”母さん”という呼ばれ方をするのを嫌っていて、俺は何度も名前で呼ぶよう呼び方を強引に修正されていた。しかし、俺は何百年経った今でも自分の母親を名前で呼ぶなんて事に慣れないので、今のようなやり取りが今までに何千回も繰り返されていて、お決まりとなっている事だった。

 どうやら、”母さん”と呼ぶと子供を持つような年を取った事を嫌でも意識させられるから、セミラと名前で呼ばせたがっているらしい。……既に一族の間では、数頭の男性ドラゴンを除けば、ドラゴンの一族では最年長クラス、最古参のドラゴンとなるので年齢なんて気にしなくても良いのに、と内心では思いながら彼女の言うとおりにして、俺はドラゴンの姿から人間型の小さな姿へと変化していた。

 大きな図体に自慢の翼が背中から生えたドラゴンの状態から、身長180センチメートル程度の大きさしか無い人間の状態に変わる。向かい合う俺とセミラ、二人の身長差によって見上げるセミラと、見下ろす形となった俺。

「また、何時もの小言を言いに来たの?」
「はぁ……」

 注意されるだろう事を予想していた俺は、先んじてセミラのお説教を遮るように言葉を先出しして、セミラから呆れたような表情で溜息をつかれる。

「分かっているのなら、早くこんな適当に作った住処を旅立って、貴方だけの巣を作りなさい!」
「んー。あんまり、やる気が起きないんだよなぁ」
「はぁ、もう!」

 俺の気のない返答に、セミラは俺に見せつけるようにして、またもや大きく溜息をつく。転生してすぐの頃には、今のようには引きこもらず見知らぬ世界を飛び回ってみたいと希望があって飛び出してみた俺だった。
 けれど、ドラゴンの身体では小さすぎる世界で数日飛び回ってみたところ、おおよそ見終えてしまった。

 しかも、この世界は文化がまだまだ発展途上らしくて、見て回るほど価値が有りそうなものも発見できなかった。
 ファンタジーな世界に大きな期待を抱いていた俺だったけれど、結局はこんなものか、という程度の感想しか持てないまま、初めての世界一周旅行を終えていた。

 それからと言うもの、ダラダラとした生活を続けてみて、気がつけば数百年経ってしまっていた、という訳だっだ。

「もう、あなた以外の世代のドラゴンは全員巣作りを終えて、奥さんも子供も作っているって言うのに……。それに、あなたの下の世代も巣作りを始めているのよ……」
「うっ」

 セミラの呟いた一言は俺が内心ではすっごく気にしていて、かなり心に痛い言葉だった。そんな言葉に、俺の口からは無意識に呻くような声が漏れていた。

 俺と同年代に生まれたドラゴン達は、彼女の言った通り巣も作り上げて、それぞれのドラゴン家族を作っていた。
 更には、新しく生まれた下の世代もドラゴンとしての仕事である巣作りを始めているらしい。

 残念ながら俺と同じように、ぐーたらな生活をしているドラゴンの仲間は居なかったようだ。

「っわかったよ。今から、巣を作りに行くよ」
「本当に! じゃあ、早速行ってらっしゃい!」

 セミラの説得にとうとう観念して、思わず勢いに乗って返事をしてしまった俺。すると、思いの外セミラの姿を見てしまった所、後には引けない状況に陥っている事を理解してしまった。

 仕方ない、どうせならば自分だけの立派な巣を作ろうと決意していた。そんな俺の心が変わらないうちになのか、今すぐに行け! と急かすように俺の尻を叩くセミラ。

 住処にしていた洞窟から、セミラに背中をグイグイと押されながら外に出る。薄暗かった洞窟から抜けると、外は雲一つない快晴で何かを始めるには丁度いいようだ、と思わせるように凄く良い天気だった。

「さぁ、他のドラゴンにも自慢できるような立派な巣を作ってきなさい!」
「わかったよ。行ってくる、母さん」
「”セミラ”!」
「う……。行ってくるよ、セミラ」

 俺は出発の挨拶をセミラと済ませる。そして人間の形態から、ドラゴンの姿に戻って翼をはためかせると空に飛び上がっていた。

 まずは、自分だけのドラゴンの巣を作る場所を選定しないといけない。どこかいい場所が見つけられれば良いが、と期待と不安を心に思い浮かべながら勘が働く方向へと飛び出して行ったのだった。

 

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