第03話 退院と親戚の引き取り話

 それから1週間が経ち、無事に退院を果たして小太刀大地は事故以来の何十日かぶりに家に戻ってくることが出来た。出発する頃は、家族旅行に出かけるために4人全員で。けれども、戻ってきた今は両親が既に亡くなっていて病院には迎えに来るような人も居らず、たった1人での帰宅だった。

 なぜこんな事になったのだろうかと自分の運命を嘆き、トラックの運転手に対する憤りを感じずには居られなかった大地。

 そんな感情を抱きながら家へと戻って来れば、そこに待ち受けていたのは大家さんだった。彼はまだ年齢の若い、親から譲り受けた不動産の管理をして家賃収入で生活をしているような男性だった。そんな大家が、家に帰ってきた大地に向かって口を開いた。

「なるべく早く荷物を整理して、家からは出ていって下さい」

 小太刀大地が無事に退院して家に帰ってくるなり、念を押す様にして家から出ていくようにと言いつけられる。大家は家族を亡くした大地に、冷たい言葉を投げかけてきたのだった。しかも交通事故で入院していた頃にも一度、病室に勧告しにやって来る程に大家は徹底して小太刀兄妹を家から追い出そうとしていた。

「はい、分かりました」

 交通事故に遭った人に対して、しかもまだ高校生という子供である大地に対して優しさの欠片も無い対応。酷い言葉を言い渡された大地は、何も言い返さずに粛々と大家の言葉に従った。

 戦おうと考えても子供である自分では圧倒的に不利であり、立場的には上に居る大家には勝てない事を大地は理解していたから。それに何か問題を起こして妹の香穂里にも影響を及ぼす可能性が有ることを考えれば、ある程度の不遇な対処をされたとしても我慢して大人しく過ごすという事を大地は選択せざるを得なかった。

「じゃあ、家を出る準備が出来たら知らせて下さい。なるべく早く、お願いしますね」

 丁寧な口調だったが、その内容は厳しい。何度も繰り返すように、早く貸していた家からは出ていくように、と大地が忘れないよう念を押す感じで言っていく大家。それ以外には、大地が怪我が治って無事に退院できた事に関してお祝いの言葉すら無い。

 他には何も話すことは無いと態度で示す感じで、大家は用事を終えると、さっさと背中を見せて目の前から去っていった。

 腹が立つ大家の態度に、大地は内心でとても苛ついていたが何も言わずに黙ったまま拳を固く握った。いつか絶対に見返してやろうと、大地は去っていく彼の背中を見つめながら誓うのだった。


***


 更に、小太刀大地に対して不幸と言えるような状況は続く。

 両親が亡くなったことで、小太刀兄妹には代わりになってくれる保護者が必要だった。親戚の誰かが引き取る必要があるのではないかと集まって、話し合いが行われている場に当事者である小太刀大地も連れられて来ている。

 妹の香穂里は、まだ退院までに時間が掛かっていたから両親を亡くしてた小太刀兄妹を誰が引き取るのか、という話し合いの場となっている、この場所には居なかった。だが、心底この場には連れて来なくて良かったと大地は思っていた。

 こんな酷い話し合いになるとは思っていなかったから。もしも妹を連れて来ていて、コレを聞かされていたと思うとゾッとしていた。何か言われるだろうと身構えていた大地でさえも、言葉を聞くごとに精神的にショックを受けてしまう程だったから。

「家には、世話をしないといけない老人の母親がいるから無理よ」
「あんまり知らない家の子を、中には入れたくないわね」
「大地とか言う坊主をさっき見かけたが無表情だし、怖くて近寄りたくないな」

 隣の部屋で行われている話し合いの声が、ハッキリと大地の耳に届いて聞こえてきていた。部屋と部屋の間は、設置されたふすまで見えないように仕切られていたので、話し合いをしている連中と小太刀大地は別々と言える部屋に居たのだけれども、外から聞こえてくる声は丸聞こえで、話し合いの内容は大地の耳にも捉えるのが容易なぐらい筒抜けだった。

 もしかしたら、大地が聞こえるのを分かっていてわざと、親戚同士の話し合いを嫌がらせとして大地自身に聞かせているのではないか、とも思えるような声のボリュームと言葉のチョイスだった。

 確かに両親の死は突然の出来事だったので、残された子供になってしまった自分たちを引き取ると言うのも簡単ではない事で、迷惑を掛けていると大地は理解しているつもりだった。

 だが、それでも誰一人として引き取りたいと望まずに厄介事だと面倒だと言って、互いに押し付け合うようにして怒鳴って嫌がる声を聞いて、大地は心が傷んだ。

「あの子達の両親が残した遺産は、結構な額らしいわ」
「聞いた話では、コレぐらい有るらしいぞ」
「それなら、遺産だけ欲しいわね。貰えないかしら」

 その後の話し合いは、更に酷くなっていく。彼ら彼女らの目的は大地達のために両親が残してくれたらしい遺産と、交通事故によって支払われる可能性がある賠償金という、大金に関してだった。

 終始、お金は欲しいが兄妹を引き取るのは面倒。面倒だけどお金は欲しいから何とか出来ないかと、遺産を奪い取る為の計画についてとしか思えない話し合いが続いていた。話し合いが行われている間、ずっと隣の部屋で黙って待たされたまま話を聞かされ続ける大地。何の喜びも、得もない苦痛の時間だった。


***


 そして結局、小太刀兄妹は父親方の親戚である叔母さんに預けられることになった。

 ……預けられることになったのだが、親戚家族と一緒に住むことは無く別の住まいとして、小太刀兄妹には六畳一間のアパートが用意されていた。

 病院から治療が無事に終わって退院してきた、小太刀香穂里を迎えに行った大地。その後に彼女を引き連れて、親戚のもとにやって来てみれば案内されたのは叔母さんの住む家ではなく、別の場所にあるボロいアパート。

「今日からあなた達は、ここで好きなように生活しなさい。生活費は、1ヶ月に1回これに振り込むから。後は自由に。私達の家には来ないようにしてね」

 親戚のおばさんが案内した先にあったアパートに押し込められると、厄介事をようやく片付けられたと言う風な面倒臭そうな表情で吐き捨てると、銀行通帳と印鑑だけ置いていって、そのまま何処かへと行ってしまった。

 そのアパートで兄妹2人だけを放り出して後は勝手に生活しろと、干渉してくるなという事らしい。どうやら、引き取ってはくれたけれど必要な手続きだけを済ませた後は、それ以外にもう面倒も見てくれないらしい。

 家に来ないようにと言われたが、そもそも叔母が住んでいる家の住所も知らないし、連絡先も分からず、家族構成も知らないぐらいに薄い関係。大地が叔母に尋ねようとするスキも与えずに、アパートから去っていったのだから知る由もなかった。

「おにいちゃん」
「お腹が空いたか? この家には何も無いから、買い物に行こうか」

 不安そうな表情を浮かべている妹の香穂里が安心できるようにと、大地は意識的に平静を装った。そして、お腹が空いているのだと気遣って、妹を連れて近くにあるスーパーに子供2人で買い出しに行くのだった。

 両親は交通事故という不幸に見舞われ、親戚に預けられたはずなのに不遇な状況で放り出され、家族2人っきりとなって新たな家で生活をスタートさせる小太刀兄妹。