第02話 入院風景

 ほとんど死ぬ一歩手前まで行っていた小太刀大地は、生きているのが奇跡的と言える状態から意識を取り戻していた。

 交通事故によって運び込まれてきた当初、大地の緊急治療担当をしていた医者や看護婦は回復が絶望的だろう、と考えるぐらいには希望は持たず必要な処置を施していた。それから目を覚まして持ち直すと、意識を徐々に回復していき言葉を交わせるぐらいにまで意識を取り戻して、担当していた医者は驚きながらも治療を終わらせた。

 そして大地は、交通事故から運び込まれて数時間を過ごした集中治療室から病室へと移されていった。

 治療を受けている間、そして治療が終わって体を移動させられている間、痛みを感じる体を少しだけ気にしつつ大地は、夢のように思える先ほどの出来事についてを思い出していた。

 よくテレビで見るような、瀕死の状態の時に起きるという不思議な体験。意識を失ったりして体から魂という、不確かな存在の物が抜け出すと、あの世という世界を見るというオカルトな経験。三途の川とも呼ばれているような、それについて。

 小太刀大地はまず、自分の体験したものが臨死体験と呼ばれるような類の話ではないかと少し思った。けれども、すぐにその考えを否定していた。自分の体験したものは、そんな不確かな物ではなかった、と。

 そして自分が経験した、あの不思議な体験についてを証明できるような超常的と言える新たな力が自分に備わっている事を理解していた。現世へと戻ってくる直前に、神様と名乗る存在から授けられた力。その力の使い方は、能力を授かった時に頭に刻み込まれたのか、不思議と誰にも教えられる事も無く理解していた。

「(ステータス)」

 大地は頭の中で念じるように、”ステータス”という言葉を唱える。すると、目の前にまるでゲームで見るような画面が現れていた。

 空中に浮かぶ、透明で空間に投影されているように見える四角い画面。そこに小太刀大地という人物の能力が、それぞれ数値化された力として表示されている。腕はまだ事故のダメージで痛み、動かせそうにない。なので今は画面には触らずに、目だけを動かしてステータスボードと呼べるような画面を確認していく。

「(HPという部分が減っているのは、事故でケガをしているからだろう。その他の能力も記載されているが、比較対象が無いので数値が高いのか低いのか分からない)」

 今確認できる数値で明らかに合っている分かるのは年齢、16歳という部分だけだった。それ以外については、判断に迷ってしまうような情報ばかり。

 HPと書かれている部分は、最大値から四分の一ぐらいにまで減っているのが見ると分かる。その他には、魔力に攻撃力、生命力や器用さ。それに知力や素早さ外見などにジャンルが分けられ数値化された能力が、理解しやすいような形式で情報画面に記載されている。

 更に画面を確認してみれば、スキルと書かれている欄が有った。けれども、そこはいくら確認して見ても今は空欄になっている。スキルは年齢や他の数値が成長すれば覚えるのだろうか、それとも訓練をして自分で技を編み出すかのように覚えるのだろうか。ステータスの画面を眺めながら、大地は考える。

「(神様は、転生への準備を怠るな、と言っていた。この能力を使いこなせるように、調べなければいけない)」

 目を覚ます直前、あの真っ白な世界から戻される瞬間に神様からアドバイスされた言葉を思い出している大地。

 交通事故、両親の死、そして神様との対面。考えもしなかった出来事が立て続けに起こって、今も分からないことだらけ。けれども考えるのを止めずに状況を整理することに必死になって、大地が落ち着くまでに今しばらく時間が必要となりそうだった。


***


 それから数日後。交通事故に遭い大怪我を負った小太刀大地、全身が酷く傷ついており特に脊椎を痛めるという大怪我で完全な回復は望めず、医者の判断では最悪の場合は今後一生を自分の足で歩くことも不可能になるかもしれない、と言われるほどの後遺症が残るだろうと診断されていた。

 しかし大地は、それから驚くようなスピードで体を回復させていった。今では、医者の予想に反して歩くことさえ可能な程に。

 そして、大地は回復した体を松葉杖をつきながらだが自分の足でしっかり歩いて、妹の香穂里の病室へと足を運んでいた。

「大丈夫か? 香穂里」
「おにいちゃん!」

 大地が姿を見せたことで、表情を明るくさせて喜ぶ妹の香穂里。まだ小学三年生の9歳という幼い子供だった。

 両親を亡くして、本当ならば兄である大地も亡くなる予定だったが、事情が変わって兄妹2人となって生きることが出来ていた。そして、大地は神様に語った望み通りに妹の幸せの為、毎日のように香穂里の病室を訪れて顔を合わせていた。

「怪我の具合はどうだ、痛むところは無いか?」
「もう、だいじょうぶ」

 幸いなことに、香穂里の怪我は大地の負った怪我に比べると軽症で済んでいた。というのも、大型トラックが突っ込んで車とぶつかろうとした瞬間に大地が香穂里の頭を抱きかかえて、衝撃に対するクッションとなったおかげで大怪我を負わずに済んでいた。女の子なので、顔や体に大きな傷を負うことも無く済んだのには大地も胸をなでおろして安心していた。

「いつお家に帰れるの?」
「もうすぐだよ。怪我がしっかり治ってからね」
「そうなんだ! はやく帰りたいなぁ」
「……」

 もうすぐ帰れると聞いて、喜ぶ香穂里。彼女が退院できるのは、後2,3週間後の予定だった。そして、大地の退院予定日は驚異の回復力によって大幅に短縮して1週間後となっていた。1ヶ月も経たない内に、無事2人ともが退院出来る予定である。

 だがしかし、住んでいる家に帰れるかどうかハッキリとはしていなかった。何故かと言えば、入院している小太刀大地のもとに住んでいる家の大家がやって来て、家からは出ていくように通告されたから。

 契約者であった父親が交通事故で亡くなり、母親も一緒に亡くなって保護者が居なくなった兄妹だけでは契約が変更になったから、部屋を貸し出すことは出来ない、という理屈らしい。高校生と小学生の未成年者である2人には部屋を貸せないと、遠回しに出ていくようにと言う知らせ。香穂里が家に帰る前に、荷物を運び出さないといけなくなるような状況であった。

 住む家が無くなる事になって、小太刀兄妹は親戚に引き取られるという話し合いも行われていたものの、そちらの話し合いも芳しくない状況だった。親戚関係が薄かった為に引き取りたいと願い出る人は居らず、急な交通事故で両親共に亡くなるという出来事に誰も対応が出来そうになかったから。

 更に、大地の処理しなければいけない問題は多い。

 事故を起こした相手のトラックは大手運送会社の物だったので、今回の事故は取り上げられて世間でも知られるニュースとなっていた。警察が聞き取り調査に来たり、マスコミがインタビューをしに病室へ突撃してきたりと、色々な出来事が起こっていた。

 大地は色々と対処に追われて大変な思いをしていたものの、自分の所で処理をして香穂里には影響が出ないようにと頑張った。そして、今は少しずつ沈静化していってニュースでも別の大事件が取り上げられると、世間からは忘れられつつある状況にあった。

「もう行っちゃうの、おにいちゃん?」
「いいや、もうちょっとココに居るよ」

 家の問題、保護者の問題、それから賠償金の問題に警察やマスコミに関する問題など、沢山の問題を抱えていた大地だったが、一番に優先するべき事は香穂里の幸せだった。

 交通事故の後、香穂里は精神的に不安定になっていて唯一の家族となってしまった大地と離れることを極端に嫌がるようになっていた。そして今も香穂里は、問題を少しでも処理しておこうと病室から出ていこうかと考えていた大地の様子を察して、泣き出しそうな表情を浮かべて引き止めた。

 そんな表情を浮かべた香穂里を放っておく事なんて出来ず、部屋を出ていくのを止めて寝るまで一緒にいることを決めた大地。今の彼が人生の目的としているのは、妹の幸せを見守る事だったから。極力、彼女の嫌がることは止めて香穂里のために生きようと大地は必死だった。


 そして香穂里が安心して眠った事を確認した後に、ひっそりと病室から出ていく大地。1人になってからようやく、今後の生活をどうするのか考え始めるのだった。