第01話 転生前の神前話

 青年は目が覚めると、見知らぬ部屋の中に居た。いや、部屋と言うには広すぎる空間だった。見渡す限り果てが見えない。けれども、一面は自然にはありえないような真っ白な空間で、上を見上げてみれば見える風景は真っ白。

 とても、外に居るとは思えないような場所だった。

「ここは?」

 目が覚める前の記憶があやふやで、青年は思い出そうとしても思い出せないでいた。ここは一体何処なのか、という疑問が頭に思い浮かぶが答えは出ない。

 なぜ自分はこんな場所に倒れ込んでいたのかと記憶を探ろうにも前後の記憶が思い出せず、状況を理解できずに困惑していた。

 青年はとりあえずという動きで倒れ込んでいた地面から体を起こすと、改めて辺りを見渡してみた。だがしかし見える風景は全て見覚えの無い、知らない場所だった。

 手をついている地面もツルツルとしていて自然物とは思えない物、だけど材質が何なのか判断はできない。大理石のように思えるけれど、真っ白でどこまで観察しても継ぎ目が見えない。

 写真でもテレビでも見たことがないような不思議な場所で、自分が今どこに居るのか予測もつかなかった。

「小太刀大地(こだちたいち)目が覚めたか?」

 青年が困惑しながらも状況を理解しようと周辺の観察を続けていると、そこに男の声が聞こえてきた。

 その声は、老人のようなしゃがれた声のように聞こえた。そしてやはり青年には、今の見えている景色と同じように聞き覚えの無い声だった。けれども、相手は自分を知っているようで名前を呼ばれている。その状況に、青年は背筋が凍るような思いをしていた。

「声が聞こえる……? 一体どこから」

 聞こえてくる声の出処を探ろうと、青年は首を振って辺りを見回す。だがしかし、耳で捉えたはずの声は一体どこから聞こえてきたのか方向がよく分からず、左右前後にキョロキョロと視線を向けてみたけれど声の主は見当たらない。

 声のボリュームから近くに立っていると予想を立てて声の主を探し出そうとした青年だったが、見渡す限り周りには誰も立っている様子が見当たらず、白い景色が見えるだけだった。

「貴方は、誰ですか?」

 青年の見える範囲では、声の主と思われる人物の影すら掴めなかった。なのに、耳にはハッキリと聞こえていた声。しかも、自分の名前を知って呼ぶソレに青年は困惑しながら、聞こえてくる老人の声に対して誰だと問いかける。

 問いかけたけれど返事はないだろうと思っていたら、予想していなかった言葉が返ってきた。

「おまえは先程、死んでしまった。思い出せ」
「なんだって?」

 青年が問いかけた誰なのか、という質問の答えを聞く前に告げられた見知らぬ人物からの言葉。それを聞いた瞬間に、青年は思い出していた。


 家族旅行の帰り道、青年を乗せた車。運転席に座る父親に、助手席に座っている母親。青年は後ろの席に座って、その隣に妹が一緒に乗っていた。4人家族を乗せた車が高速道路を走っている。

 そこに突っ込んできた大型トラック。正面から衝突した乗用車と大型トラック。運転手と助手席に座っていた両親が何かを叫ぶ声が、鼓膜を震わせていた。青年は思わず隣に座っていた妹を守るように覆いかぶさり、その時に見えた顔が青年の記憶に残っていた。


「そんな、馬鹿な……」

 信じたくない悲惨な出来事を思い出して、目の前が真っ暗になるような感覚で青年は絶望していた。

 信じられない、信じたくないと自分の体を触って確認してみると、交通事故に遭ったようなケガは何もない。体も問題なく動いている。けれども、思い出している記憶は鮮明で体が震える程の恐怖を感じていた。

「交通事故で、死んだ……? じゃあ、今の俺は一体」

 記憶は確か。でも体は無事。これは一体どういう事かと、今いる自分の場所もわからないのに加えて、交通事故に遭ったはずなのに体には問題が何一つ無い。

 理解できない状況に、一体どうなっているのかと青年は混乱していた。もしかしてコレは夢を見ているのか、とも思えた。

 そんな今の自分の身に起こっている状況をどう説明するべきか。青年には考えても分からなかった。その答えについてを、姿を見せぬ老人の声は親切にも教えてくれた。

「ここは、お前たちの概念で説明するならば『天国』と呼ばれる場所のようなもの。そして、私は『神』と呼ばれている存在」

 普段ならば神を自称するなんて胡散臭い存在など、青年は信じるわけもないと考えていた。

 けれども、その時にはなるほど、そうかと疑う余地もなく自然と青年はすんなりと状況を受け入れて、神様を名乗った老人の声の言葉を信じていた。

 つまり自分は亡くなった、死んでしまったのだと確信してしまったのだった。

「他の皆はどうなった? 父さん、母さん。それに妹は?」
「おまえの両親は即死、妹は一命を取り留めた」

 神様に対して敬う余裕もなく、口調荒く起こった交通事故について質問した青年。そして知った事実。

 妹1人だけが生き残ったなんて、そんな……。言葉が口に出なくなるぐらいに、青年の心境は複雑だった。

 妹が事故から生き残ってくれたという事に関しては喜びを感じていたけれども、1人だけを残して家族全員が逝ってしまったという状況に申し訳無いという気持ちが、青年の心の中に湧き上がっていた。

「俺は、これから、どうなるんだ?」

 死んだ後の世界、一体どんな事になるのか想像もつかない。けれども、神様が教えてくれたのは青年が予想していなかった選択だった。

「おまえには、今とは異なる世界で新たな人生を送ってもらう。いわゆる、記憶を持ったままの転生、というものだ」
「なぜ、俺なんだ?」
「おまえが、もっともも適正に合っていたからだ」

 異世界に転生するという事を疑問に思うのではなく、なぜ自分が選ばれたか、ということに対して青年は不思議に思い問いかけた。

 そして神様の答えは、適正に合っているという青年にとっては不明瞭な回答だった。

 何の適正に合ったのか、どんな審査によって決められたのか分からない。けれども、間違いなく自分が、神様が設定した何らかの基準によって選ばれた、という事は理解できた。

「拒否することは?」
「出来ない」

 青年は拒否してみようとするけれど、それは出来ないと神様からは一方的な言葉を投げかけられる。

 自分が選ばれた理由もよく分からないが、拒否する事は出来ないらしい。拒否できないということは、もしかしたら自分以外の人間には務まらないというような役目なのだろうか、とも考えてしまう青年。

 なら、これからどうすればいいのか、転生というのに何か必要な手順は有るのか、という事を聞こうとした青年を制して、神様が話を続けた。

「別世界への転生を願う対価として、一つだけおまえの願いを聞き入れよう。おまえは、何を望む?」

 転生することは拒否できない。そのお詫びと言えるような方法、望みを1つ叶えてくれると言われて青年は少し考えてから、こう答えた。

「それなら、俺に能力は何もいらない。ただ、妹が幸せな人生を全うするまで傍に両親を居させてくれ」
「それは不可能だ。おまえの両親は、既に亡くなっている。そしてその生命は輪廻の輪に戻された」
「ならばせめて、俺が代わりに妹の近くに居られるようにして最期を見届けさせてくれ」
「……」

 青年の望みは、自分の妹が幸せな人生を送れるようにすることだけ。最初に両親を生き返らせて、妹の側に居られるようにと望んだが、それは神様にも許可されなかった。

 ならばこれはどうかと、別の意見として意識のはっきりしている俺が妹の最期まで、生きて死ぬまで寿命の尽きる最期までを、近くで見守りたいという願いを望んだ。

 青年の妹を死ぬまで見守りたいという望みを聞いて神様は、しばらく黙っていたが答えを出して青年に告げた。

「わかった、その望み叶えてやろう。おまえの妹が寿命が尽きるその時に、再びこの世界へと呼び出そう」

 青年の願いは、神様に聞き入れられた。

「そうと決まれば、すぐに現世へと戻してやろう。特別に、転生前だが能力も幾つかつけておいてやる。せいぜい、転生への準備を怠らぬことだ」
「は」

 何かを言う前には、既に現世へと戻されていった青年。

 そして、その真っ白な空間からは青年と老人の声の主が消え去り、誰も居なくなった。


***


「先生、患者が目を覚ましました!」
「わかりますか? 体は動きますか? 名前は言えますか?」

 小太刀大地(こだちだいち)は意識を取り戻してゆっくりと目を開くと、それに気がついた女性が呼びかけてきた。

 大地は徐々に意識がハッキリと戻っていくと同時に、女性から指示される声に従って、首を動かして頷いたり、痛む口を何とか動かして自分の名前を発音した。

 そんな風に安否確認が行われていた大地は、一番に気になっている事柄について看護婦に問いかける。

「うぅぅ、かおりは、……。い、いもうとは……?」
「大丈夫ですよ。妹の小太刀香穂里(こだちかおり)さんも先程、意識を取り戻して今は別の所で治療中です。安心して下さい、小太刀大地さん」

 体中に痛みを感じならが、大地は一番に気になっていた事柄である妹について、香穂里の無事を確認してみた。すると無事であると答えてくれた看護師の言葉を聞いて、大地はひとまず安心していた。

 けれども、まだ情報は人伝に聞いただけで完全な安心は出来ていなかった。自分の目で見て確認するまでは、妹の香穂里が本当に無事かどうかを目で見て確認するまで安心は出来なかった。

 早く体を治して、妹の安否を確認しに行かなければという意識を持っていると、大地の感じていた体の痛みは不思議なことに徐々に引いていき、傷が治っていると感じるような感覚が湧き上がっていた。