第01話 怪しい人物との出会い

 会社をクビになった。芸能事務所のプロデューサーをしていた俺は、15年も汗水たらして働いてきたプロダクションを懲戒解雇として、あっさりと捨てられた。しかも、見に覚えのない損害を出したとして雇用関係を即座に打ち切られてしまった。

 弁護士事務所にでも相談に行けば、あるいは何らかの対処が出来るかも知れない。けれど長年連れ添って支え貢献してきたと思っていた会社側からは、あっさりと”いらない”と言われてしまい、捨てるように放り出された事に俺は心底落ち込んでしまった。それで対処しようと思うような気力が無かった。もうどうでもいいや、という気持ち。

 いくつか、別の芸能事務所からお誘いの言葉も頂いたが、あまりにもショックで申し訳ないが全部断ってしまった。もう芸能関係の仕事と関わるのは辞めようと思って。

 幸いなことに今まで真面目に一生懸命に働き貯めてきた金はあるので、しばらく生活していくのに問題は無いだろうと思う。けれども、20歳で業界に入って既に35歳になった俺は、はたして別の世界で生きていけるのだろうか……。

「どうしたの、お兄さん? 死にそうな顔をして」
「ん?」

 地面を視線を落として悩みを抱えながら当てもなく歩いていた俺は、誰かの声が聞こえて顔を上げる。すると目の前には、怪しい人物が立っていた。

 中東系を思わせるような、全身を隠すローブ姿。頭にも布を巻いていて、口元しか見えないように隠されている。この辺りでは見慣れない、怪しいと思うような格好。

 耳に聞こえた声も中性的で、男なのか女なのか判別できないような中途半端さ。一目見て俺は関わり合いにならない方が良いと判断して、慌てて踵を返そうとした。

 すると、その怪しい人物から呼びかけられた。

「お兄さん、よかったら何か買わない?」
「買う? あぁ、いらないよ。必要ない」

 何かを売りつけてくる様子だったが、見た目から判断して良くないドラッグか、もしくは売春をあっせんするような話だろうからと思い、面倒だとは思いつつ断りの言葉だけ返して俺は聞く耳を持たないようにする。

 周りをよく見れば、俺はいつの間にか路地裏の方に歩いてきてしまったらしい。表の道に帰ろう。会社をクビにされて、更にはトラブルにまで巻き込まれるなんて不幸でしかない。早く、この場を立ち去らなければ。

「いいのかなぁ? お兄さんの求めるもの、ボクは用意できると思うんだけど」
「おう、そうか。なら、俺の夢だったプロデュースしてドップアイドルになれるような才能に溢れて、やる気もあって、見た目も可愛い女の子を売ってくれ!」

 謎の人物は何でも用意できると言った。なぜか、その言葉にカチンと頭にきた俺。ならば、今の俺が求めているモノを用意してみろよ、と激昂したまま言ってしまった。

 そんな事を言っても仕方がないと、頭では思いつつも言い切った。そうすると、謎の人物は口元をニンマリという感じにさせて、笑っているようだった。

 相手は俺のことを馬鹿だと思っているんだろうな。自分自身で突然何を言っているんだと思えるし、言うべきじゃなかったと後悔。すると、謎の人物は俺が思いもしなかった言葉を返してきた。

「それじゃあ、この娘なんてどうかな?」
「うぉっ!? ……は?」

 目の前がピカッと光って眩しいと目をつむる。そして閉じた目を開けた次の瞬間、女の子が一人立っている光景が見えていた。一瞬前には居なかったはずの、どう考えても瞬間移動で現れたかのようにしか思えない少女が突然、目の前に。

 15、6歳のとびきり可愛い女の子。アイドルの素質ありだとひと目で分かる。後は歌の才能、踊りの才能、演技の才能、他にも色々と確認が必要なのかもしれないがビジュアルだけは満点で合格の少女。

 長年、プロデューサーを務めてきた経験から判断して確信してしまうくらいの優れた人材。この娘は売れる!

「……こ、この娘は?」
「お兄さんが望んだ通りの娘を用意してみました。どうです? 買いますか?」

 一体何が起こっている? 買うとは、どういう事だろうか。まさか、言った通りに目の前の求めた人物を用意してくるなんて思っていなかった。俺の頭は混乱した。

「よろしく、お願いします」

 そう言って可愛らしい声で懇願しながら、頭を下げて頼む少女。その時になって、ようやく気が付く。人間にはありえない、頭の上に猫のような三角の耳と、お尻には尻尾が付いている事に。コスプレ?

「その、耳と尻尾は?」
「この娘は猫人族なので、猫耳と尻尾が付いているんですよ」

 はぁ? え? 説明されても理解が出来ない。思考の処理が追いつかずに、俺はオウム返しのように質問を繰り返していた。

「猫人族?」
「はい、そうです。この娘は、貴方から見て異世界と呼ばれるような場所で、奴隷として売られていた娘です。どうです、買いますか?」
「買って下さい。お願いしますにゃー」

 ハハハ、と俺は声の出ない乾いた笑い。一体何を言っているのか、やはり理解できない。

「最終確認です。買いますか?」

 謎の人物は口元は笑みを浮かべるのを止めて、真剣な感じになる。そして、猫人族だという少女から向けられる熱い目線。

 何はともあれ、怪しすぎる人物から、怪しすぎる少女を買うなんて、怪しすぎる行動は止めて家に帰ろう。俺は断りに言葉を口にする。

「買います」

 意志に反して、真逆の言葉が俺の口から出ていた。