第61話 それぞれの反省

「今回は、記憶の混乱は無いようで安心しました。ただ、脇腹の傷が癒えるまでは長期の入院が必要ですね。安静に過ごして、おおよそ一ヶ月程は掛かると思います。適宜、様子を見ていきましょう」

 日野原先生は、診察を終えて僕の今の状態を知らせてくれた。今回は、外傷を負ったということで治療が完了するまでは長期の入院が必要らしく、すぐには退院できそうにない。

「ありがとうございます、先生」
 日野原先生にお礼を言ってから、診察が終わったので脱がされていた病衣を着直す。

「……いえ、仕事ですから。明日には、精密検査を行いますので今日はベッドの上から動かないよう、安静に過ごしてください」

 慣れた様子で、簡潔にソレだけ伝えると足早に病室から出ていった日野原先生。そして、香織さんも僕が目覚めたことを家族に連絡するためにと、病室から出ていこうとする。

「先生が言った通り、くれぐれも安静にね。電話が終わったらすぐに戻ってくるから」
「わかった、傷が開かないように注意するよ」

 何度も身体を動かないよう僕に注意して、それでも気になるのか辛そうな顔をして病室を出ていった。


***

 入院生活の二日目。昨夜は、香織さんが病院から許可を取って一泊していった。親として、僕の状態を心配してくれているのだから有り難いけれど、少し過保護にすぎるのではないかと気掛かりが増えたのだった。

 香織さんは朝早くから仕事があるそうで、目覚めてすぐに帰る支度を始めていた。けれど、ここでも僕の様子を心配してくれているのか、なかなか出発に踏ん切りがつかないようだった。

 そんな訳で、僕が仕事に向かえるように応援する言葉を何度か口にしてようやく、苦労の末に仕事に向かって、病室を後にしたのだった。

 予定では今日、精密検査が行われると日野原先生から聞かされていたので、始まる時間までは、じっと動かず言いつけを守って待機していた。けれど、まだまだ予定の時間は先だったので、個室部屋で一人ボーッと過ごしていた。

 そんな時、病室の扉がコンコンと2回。控えめなノック音が聞こえてきた。

「どうぞ」
「こ、こんにちは」

 ノックに返事をすると、ゆっくりと扉が開かれた。そして、恐る恐るという様子の低姿勢て病室に入ってきたのは、神谷さんだった。彼女の顔色は青ざめていて、見るからに具合が悪そうに見える。

「神谷さん! わざわざ来てもらって、ありがとうございます」
「あの、えっと……、具合はどう?」

 歯切れ悪い神谷さんの言葉に、どうしたんだろうと心配しつつも彼女の質問に答えて、会話を続けた。

「大丈夫ですよ。ただ、傷が塞がるまで1ヶ月ぐらい掛かるらしくて、その間はお店を手伝えなくて、本当にごめんなさい」
「そんな! あなたが気に病むことはないわ!? 悪いのは私だから……」
「え? 何故です?」

 神谷さんの方こそ、気に病む必要は無いのでは? そう咄嗟に思った僕は、無意識にそう質問していた。そうしたら、神谷さんは後ろめたそうな暗い表情を浮かべて、説明をしてくれた。

「あの夜、本当は私があなたを駅まで見送るべきだった。酒に酔って、浮かれて、自宅に招くなんて馬鹿な誘いをしたから、ソレを断られて気まずくなって、そこで別れてしまったから……。もし、あの時あなたをしっかり見送っていれば、事件も起きなかったかもしれない」
「神谷さんだけが悪いんじゃなくて、僕の注意不足も原因ですよ。まさか、お店から駅までの短い距離で事件が起こるなんて予想もしていませんでしたし。それに、犯人の女の人は僕を狙っていたようでしたから、あの事件を回避できたとしても、別の機会に襲われていたと思います」
「でも」
「誰が悪かったなんて話は、もう終わりにしましょう。僕は気にしていません。神谷さんも深く自省したようですし、これ以上反省することはありませんよ」
「……」

 100%の割合で自分が悪い、と感じている様子の神谷さん。それは違うと説き伏せようとしても、彼女は納得してくれないので強制的に話を終わらせて話題を変える。

「ところで、今日はお店はどうしたんですか?」
「……実は、一週間程お休みしている」
「えっ? せっかく、商店街にお客さんが戻ってきたのに、今お店を開けないでどうするんですか?」
「佐藤さんに、申し訳なくて……」

 話を逸らそうとしたけれど、あまり逸らせることができなかった。そして、神谷さんは僕が思っているよりもずっと重く、今回の出来事について責任を感じているようだった。そして、彼女の精神状態は少しマズイ状態にあるようだった。このまま放置していると、更に悪い方向へと進行していきそうだった。

「神谷さんは、本当に悪くありませんよ。今回は、運が悪かった。それだけです」
「ううっ」
 とうとう、泣き出してしまった神谷さん。僕はベッドの上から、彼女の手を引いて側に寄らせると、落ち着くようにと背中をさすった。

「それよりも、1週間もお店を休んでしまったら困ってしまう人が居るでしょう。僕は神谷さんのケーキが大好きですし、他にそう思っているお客さんが居るはずです。だから、今すぐに戻ってお店を開いてください」

 しばらくの間、神谷さんは静かに泣き続けていて、僕は彼女の背中をさすりながら安心させようと口を開いた。

 懸命にケアした結果、ようやく落ち着いた神谷さんは、お店に戻って営業を再開することを約束して、病室から去って行った。

 今回の事件と入院で、色々な人に迷惑と影響を与えている事を実感した僕は、反省するしかなかった。

 

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