第60話 二度目の入院

「っ! ……いてててッ」

 意識が覚醒した瞬間、目を見開き急いでベッドから起き上がろうと頭を上げた僕は、脇腹の痛みによって浮かせた背中は再びベッドの上に戻った。

「いってぇ……」

 脇腹の傷は結構深いようで、少し身動きを取るだけで体の内部から鋭い痛みを感じる。だから、なるべく動きを小さく傷が痛まないように注意をしながら、自分が居る場所を目で観察をする。

「ここは、……病院かな?」

 ぐるりと見回してみると、真っ白な壁と清潔そうな白色のカーテンが目に入った。太陽の光が入り込んできて、白色に統一された室内によって光が反射して眩しいぐらいに明るい。

 見覚えのある景色だった。自分が今居る場所について、ようやく思い至る。部屋には誰も居ないので正確かどうか分からないけれど、そこは以前入院していた病院のようだった。

 なぜ自分は病院のベッドの上に居るのだろうか、直前の記憶を思い出そうと試みる。昨日の飲み会から、解散して駅に向かって歩いていたこと。そこで、女性に呼び止められて振り返った事。異様な雰囲気を纏った女性が立っているのを目にして、不安と恐怖によって身体が動かなかったこと。

「昨日、見覚えの無い女性に刺されて、僕は気絶したのか」

 少し前に、強盗に刺されて気絶した、という記憶を思い出す。あの時は、突然背中を刺されて訳も分からず気絶した。そして、何故か自分の知っている世界の常識が変容していた。

 女性に刺された後、自分はどうやって病院に運ばれたのか。色々と記憶を探っていく途中で、嫌な想像が僕の頭を掠めていた。

 妙に重い今の自分の身体、薄暗い路地でのデジャヴを感じる出来事、そして荒唐無稽な世界について、自分の認識している常識が常識じゃない世界。

 唐突に思いついた想像は、鳥肌が立つぐらいに僕の感情を揺さぶった。

 また自分は、刺されたことによって33歳の社会人に戻ったのではないか。今の自分の負っている傷は、強盗に刺されたものではないか。今までの記憶は、夢だったのではないか……?

 鏡があれば、自分の今の顔を見て以前の社会人であった頃の自分か、それとも学生に戻った自分の顔か、確認できるはずなのに。母親である香織さんか、姉の春姉さんか、それとも他の家族の誰かが居てくれれば、話を聞いて確認できるのに。しかし今、部屋の中には鏡が見当たらないし、人も居ない。

 けれど、不安は徐々に大きくなっていく。嫌な想像を振り払うため、急いで今の自分の状況を知りたい! 
 どうにかして調べられないか、近くに人が居ないか確認しようと、ベッドから起き上がろうとする。

「ぐぅっ……!?」

 傷のズキズキとした鈍痛を無理して押さえ込み、僕はベッドから立ち上がろうとした。


「うわっ!?」

 けれど、一歩足を踏み出そうとした瞬間、下半身に力が入らず床に倒れ込んでしまった。倒れに前に床に両手をついて、何とか頭をぶつけず怪我もなく済んだけれども……。

 床に四つん這いで倒れている目の前で、ガシャン、というガラスの割れる音が聞こえて、僕は音の聞こえた方向へ顔を上げた。

「ゆ、ゆうくん! 大丈夫!? 怪我はない?」

 そこには、母親である春香さんが僕を心配しながら慌てた様子で口を開いているのが見えた。そんな彼女の様子を見て、僕は心底安堵した。世界は変わっていない、と理解できたから。


***


 それから、前回に引き続き担当医をしてくれるという日野原先生に来てもらい、簡単な診察を受けながら僕が気絶した後の状況について、香織さんに説明してもらっていた。

 僕が刺されて気を失った後、通報があってすぐに救急車が来て病院に運ばれたそうだ。そして、刺された脇腹の傷を塞ぐ手術が行われたらしい。

 不幸中の幸いと言うべきか、凶器は刺さったまま放置されたので出血多量による死亡を免れた。加えて、前回の入院していた時や、通院していた時に記録されていた診断結果を参照することが出来て、すぐに傷の処置ができて、手術をスムーズに行えたのが良かったという。

 で、僕が昨日の出来事だと思っていたら、あれから1週間経っていたらしい。

「一週間も、僕は目を覚まさなかったの?」
「そう、あれから一週間。前に倒れた時も、一週間かかって目を覚ましたから、もしかして今回も、って思ってたから。本当に、本当に良かったわ」

 少し涙声で、目覚めたことを喜んでくれている香織さん。前回は、原因不明で倒れて1週間も心配させてしまった。そして、今回は傷害事件に巻き込まれて、再び一週間も眠り続けてしまった……。心配ばかり掛けて、本当に心苦しい。

 僕は、慌ててネガティブな気持ちを切り替えようと事件の詳細を更に詳しく聞いてみた。

「ところで、その、犯人はどうなりましたか?」
「数日前に、警察が犯人をつきとめて逮捕したらしいわ」

 香織さんの聞いた話によると、事件の目撃者が何人か居たらしく、事件の聞き込みが精力的に行われ、比較的早く犯人を特定できて捕まえられたという。これには、襲われたのが僕という、性別が男性だったという理由も大きいのだろう、普段に比べるとかなり力を入れて捜査されたという。

「それから、コレは言いにくいんだけれど、あの人も関係していたらしいわ……」
「えっと、あの人って?」
「父親よ」
「えっ!?」

 思わぬ名前を聞いて、僕は声を上げて驚いてしまった。まさか、そんな関係により起こった出来事だったなんて。

 僕を襲った女性は、父親の元愛人だったらしくて、少し前に親権問題に関して騒動を起こしたことや、今回の僕が襲われた事件も何かしら関係があるのではないか、という疑惑が強いらしくて、事情聴取が行われているという。

 

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