第59話 再び

 飲み騒ぎは、まだまだ続いていた。女性達は、仲のいい人同士で集まっているのか幾つかのグループに分かれて酒を飲み交わしていた。

 僕は、その分かれたグループの各テーブルを巡ってお酌をして回った。どうやら、社会人としての記憶があるせいか、一番年の若い自分が動かないと、という意識が強くて何かをせずに居られなかったから。そして、この機会を理由にしてコミュニケーションを取って、彼女達とより仲を深めておこうという目的もあった。

「ビール、おかわりいかがですか?」
「え!? あっ、えっと、どうも」
「はい、どうぞ」

 グラスにあるビールの残量に注意を向けながらテーブルを回り、空いているグラスを見つけて会話のキッカケに声を掛ける。

「まさか、こんな男の子からお酌してもらえるなんて……。生きててよかった!」
「私も!」「こっちも、注いで注いで!」「ゴクッゴクッゴクッ、っぷはぁ。空になっちゃった!」
「落ち着いてください! 皆さん、順番にお酌させてもらいますから。一気飲みしなくても、自分のペースで飲んで空いてからで大丈夫ですから」

 一人にお酌すると、他の女性達も次々に空になったグラスを僕の目の前に差し出してくる。
 落ち着くように言ってから、順番に酒を注ぎ込んでいく。お酒を注いだだけで女性達は、すごくご機嫌になって幸せそうな笑顔になる。喜んでもらえているようで何よりだ、と思いつつも彼女達の会話に割り込んで、色々な話をした。

 主に話したことは、商店街に関すること。彼女達は皆、お客様を呼び戻すことに成功して商店街が復活できたことを喜んでいた。

 更に他に話したことと言えば、彼女達の学生時代の話、話題の芸能ニュース、飲み会での失敗話、そして女性達から見た男性についての話、等など色々な話を聞けて僕は楽しんでいた。

「うわっ」

 ふと、目を他のグループに向けてみると、上半身に何も身に着けていない裸をさらけ出した女性が視界に入り、びっくりして声が漏れたのと同時に視線を慌てて逸らす。

「こら、裸になるなんて佐藤くんが困ってるでしょ! 今日は男性も居るんだから、自重しなさいッ!」
「ごめんなさ~い」

 僕の反応に気づいた女性が、上半身裸の彼女を諌める。酔っ払った女性は、楽しそうな声で謝罪して、放り投げていたシャツを拾って着直しているようだった。

 見れてラッキーという気持ちよりも、見てしまったという気まずさのほうが強い。すぐに服を着直した女性に、ホッと一安心する。と言うか、女性なのに自重しなければ裸になるのは当たり前なのだろうか……?

 また一つ、価値観の違いに驚きつつ飲み会は終わりを迎えた。


***


「うえぇぇぇ、ぎもぢわるい」
「大丈夫ですか? お水飲みますか?」
「ありがとう、……うっぷ」

 飲み会は終了したものの、具合の悪くなった人達が続出し、しばらく彼女達を介抱する必要があった。その他には、まだまだ元気な女性達は二次会に向かう準備を始めている。

「酔っぱらいの介抱してくれて、ありがとう佐藤くん」
 会計を済ませていた大海さんが、近づいてきて僕に声を掛けてくれた。

「大海さん、お疲れ様です。あなたも顔が真っ赤ですけど、大丈夫ですか?」
「ん? 今のところ大丈夫だが、明日の朝は大変かもしれないな。まぁ、これは自業自得というか見栄を張った結果だから、仕方ないだろう」
「えーっと……、お疲れ様です」

 彼女の受け答えを見ると意識はハッキリしているようだったが、顔は酒に酔って真っ赤だった。大海さんは八百屋を経営しているはずで、明日も店を開くはずなのだが商売は大丈夫なのだろうか、と心配してしまう。

「神谷さん、お疲れ様でした」
「うっぅぅ、お、お疲れ様」

 大海さんと少し会話をして酔っ払った女性達を任せ別れた後、次は神谷さんに声を掛けた。すると、彼女も酒を飲みすぎたのか具合が悪そうだった。しかし彼女は顔色を悪くしながら、なんとか返事をしてくれる。

「えっと……、佐藤くんは、具合は大丈夫? 家にちゃんと帰れそう?」
「僕は未成年なんで、お酒は飲んじゃだめって事で、飲んでないですよ。だから、意識もハッキリしているので、家に帰るのは問題ないです」
「もう、夜も遅いし、もし、よ、よかったら、家に泊まっていかない?」

 思いもよらない神谷さんの言葉に、僕は驚きつつも返事する。

「申し訳ないんですが、今日は帰らないと。学生の身で、神谷さんのような妙齢の女性宅に泊まるなんて、家族に心配されてしまいます」

 見た目からして僕の好みである、美女の神谷さん。そんな女性と一晩一緒に過ごせるなんて嬉しく思うけれど、一晩何もせずに我慢するなんてできそうにない。そして、もし万が一があったら、学生の身で責任なんて取れないだろう。

 そんな思考が働いて、僕は彼女の誘いを家族を理由にして断ってしまっていた。

「そ、そうよね。家に泊まってなんて急に言ったら、佐藤くんに迷惑かけてしまうわね。ごめんなさい」
「いえっ、誘ってくれたのは本当に嬉しいです。今度改めて、事前に予定を組んでから泊めさせてもらいたいです」
「う、うん。わかった。ごめんなさい」

 誘いを断ってしまい、少し気まずい感情になって神谷さんと分かれ、一人家路につく。宴会が行われていたお店から、電車に乗って自宅へ向かう。

 先程までの楽しい時間。一緒に居た人達と別れて一人になると、急に寂しいという感情が大きくなった。早く家へ帰ろうと、店から駅までの最短ルートを急いで歩く。

「ん? 人が……?」

 ビルが立ち並び、お店の光る看板が目に眩しく、辺りから飲み屋での会話が聞こえてくる路地。気がついた時には、その路地に丁度僕だけ一人になっていた。少し薄気味悪い空気を感じて、急ごうと足を早めた時に、後ろから声を掛けられた。

「あなたが、佐藤さん?」
「え?」

 声を掛けられた方へと視線を向けると、ビルとビルの間にある脇道、看板や街頭の光が届いていない真っ暗闇に隠れたソコに、ゆっくりと佇む女性が見えた。

 僕を呼びかけたのは彼女だろうか。

 身長は彼女のほうが大きく、僕のほうが小さかったので見上げる形になっていた。加えて彼女は僕を睨むような、何かを確認するような鋭い形相をして視線を向けてきている。

 そんな彼女の異様な表情に気圧されて、何も言えずに僕はその場に立ち止まってしまった。そして、彼女の手元にキラリと光る何かが見えた瞬間、身体が動かなくなる。

「あ、え?」

 まるでスローモーションのように、見知らぬ女性が僕に徐々に歩み寄り、近づいてくるのが見えていた。しかし、僕の身体は石のようにガチガチになって動かなくなっている。そして、身体が触れる距離まで縮まり、僕と彼女の身体が重なる。

 薄暗い路地、一人で歩いている時、突然感じた腹部が燃えるような熱。デジャヴを感じる状況に、理解が徐々に追いつく。

 この女性に、脇腹を刺された?

「これで、また、会える」
「ぐぅっ……」

 女性の声を耳にしながら、身体に力が入らず僕は立っていられなくなり地面へと倒れ込む。見知らぬ女性は一言だけ口にして、どこかへ走り去ってしまった。

 前は通り魔だったが、今回は名前で呼び止められた。相手は、僕を目標にして狙ってきたようだったが、誰だか分からず、理由も分からない。

 身体が動かず、思考だけが進む。しかし、段々と意識が朦朧としてきていた。これで、目覚めたらもしかして……。

 そして、僕は気を失った。

 

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