第53話 二日目の反応

 他の男子たちの会話に混じって、各々の職業体験初日の話を聞いてみると、受け入れ先によっての待遇の違いや、男子たちの意識の違いを再認識させられることになった。
 話を聞いた自分は、境遇に甘えて傲慢にはならないように意識すること、そして普段と変わらないようにしようと決意を新たにした。そして、翌日。

「おはようございます」
 職業体験の二日目となる今日。クローリス洋菓子店の裏口から店内へと入って、しっかりと声を出して挨拶を済ませる。店へ入って、教えられた通路を進んで更衣室に向かおうとした時、僕は少し違和感を覚えた。

 一体なんだろう、と違和感の正体を考えていると、厨房から神谷さんがコックコート姿で現れた。

「……あぁ、おはよう。佐藤さん」
「おはようございます、神谷さん。……えっと、お疲れですか?」

 目の前に現れた神谷さんは、明らかにぐったりした表情をしていて、声もか細く疲れた様子がにじみ出ていた。そして、コックコート姿を見ても草臥れた感じがして、彼女はどこから見ても疲れていることが分かる様子だった。
 朝からそんな様子だったので、気になって聞かずには居られなかった。聞かれた神谷さんは、疲れている原因を教えてくれた。

「ちょっと、朝から商品の準備に入っていたからね……」

 神谷さんの話を聞いて、裏口から店に入って歩いた時に感じた違和感の原因が分かった。
 店内の奥から漂ってくる洋菓子の甘い匂い、初日の朝に初めて来た時には感じなかった匂いを、僕は感じ取って違和感を覚えていた。

 そして、神谷さんが朝から疲れていた理由は早くから働いていたから、なのだと納得としたと同時に、新たな疑問が生まれた。

「朝から準備ですか? 確か、朝はお客様が来ないから多く準備しても、商品、余ってしまうんじゃないですか?」

 職業体験の初日、午前中の全然お客様が来なかった事、そもそも商店街に人が来ない問題を明かされた事を思い出して、考えが口に出ていた。

「あぁ、それがね。早速、お客様が増えだしたの」

 神谷さんは、僕が職業体験の初日を迎えた、その次の日に起こったことを明かして、少し状況が変わったことについて説明してくれた。

 彼女曰く、僕が職業体験の初日を迎えた次の日に、どこから情報が回ったのか”あの商店街にある、クローリス洋菓子店と言うお店に男性店員が新たに入った”という噂が流れたそうで、噂を聞いた女性客が一目見ようと店に訪れる事があって、お客様が増えたという。

「半分は冷やかしで店の中を覗くだけで商品は買ってくれなかったけれど、後の半分の人達は商品を買ってくれて、その日は売り切れを起こしてしまったの」

 早速、男性である僕が影響していたらしい。

「それで、今日も多分お店に女性客たちが見に来るだろうし、その時に佐藤さんが接客してくれていたら、商品を買ってくれるだろうから。その為に、色々と用意しておこうと思って朝から忙しく準備しておいた、という訳」
「なるほど」

 男性店員である僕を目当てにやって来るだろう女性客を想定して、商品が売れるだろうと踏んだ神谷さんは、朝から数多くの商品を作って準備しておいたという。

「それで、できれば佐藤さんにしばらく接客をお願いしたいの」
「接客ですね? わかりました」

 僕は神谷さんの指示に了解しつつ、少し前にあった出来事を思い出していた。それは、学園の部活動に関連した事でテレビに映った翌日、学園校門前で起こった騒動の事だった。

 今のところ、神谷さんの様子から洋菓子店に迷惑になるような出来事は起こっていないようだし、話にも出てこなかった。
 テレビというメディアでの伝達とは違っていて、噂で話され流れている程度なら情報が拡散する範囲も、人づてに伝わる速度も違っているだろうから大丈夫だろう。とは考えつつも、一騒動起きるかもしれないという懸念を抱いてもいた。

「もし女性客の接客が心配なら、今日は裏で菓子作りの方に回る?」

 少し嫌な思い出を回想して考え込んでいた所、そんな嫌な感情が僕の表情に出ていたのか、神谷さんが心配そうな表情で気遣ってくれて、わざわざ接客から外してくれるような提案をしてくれた。

「いえ、大丈夫です。レジに出て接客はできます。ただ、……」

 接客すること自体には問題ないと伝えてから、僕が不安に思っている事と、その原因である出来事について、神谷さんに包み隠さず相談してみることにした。

「だから、もしかしたら女性のお客様が店内で暴走して、お店に迷惑になる事が起きるかもしれないんです」
「なるほど。佐藤さんの過去にそんなことが有ったのなら、そういった事を警戒する必要があるかもしれないか。なら、今日は作る方に回ってくれる?」
 どう対処するべきか、話を聞いてから困った表情をして考えている神谷さん。

「ああ、いえ。朝から商品をたくさん用意したんですよね? なら、売り子として店に出てみて、接客した様子を見てから判断しませんか?」
 神谷さんが朝から用意したものが無駄になるのは、非常に勿体無い。それに、過去の出来事から想定してみた不安に思うことは、杞憂にすぎないのかもしれない。そう考えて、僕は接客店員を買って出た。

「……それじゃあ、一度様子を見るためにお願いします。でも、何か起きたらすぐに裏に回ってもらうから、そのつもりで居てね」
「はい、分かりました」

 話し合いの結果、午前中には販売スタッフとしてレジに入って様子を見ることになった。

 僕が無理をして万が一ケガでもしたら、職業体験の指導員としての監督責任によって、神谷さんに大きな迷惑を掛けてしまう可能性も大いに有った。
 だから、危ないと思う時の見極めと、引き際が大事だと心掛ける。それに、これは考えすぎで、仕事中には何も起こらないように、と願いつつ着替えを済ませると、2日目の職業体験は開始した。

 

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