第49話 商店街の人達との交流

 昼食を一緒にということで、神谷さんに連れられてクローリス洋菓子店のすぐ近くにある喫茶店へとやって来た僕は、喫茶店のマスターから受け取ったメニューを見て何を食べるか選ぶことになった。

 店内には僕達の他には、誰も席についている人は居なかった。けれど、人が居なくて寂れたというような嫌な感じは無くて、お店の中は静かで良い雰囲気ではあった。

 測ったようにキッチリと配置されているテーブルやイスにモダンな家具等、床も綺麗で店内はしっかりと掃除されていて清潔感がある。そして雰囲気の出るオレンジ色っぽい照明、ゆったりとしたテンポで流れるBGMが店内の様子に合っていて、非常にオシャレな雰囲気だからだろうか。

 向かいの席に座る神谷さんからは、好きなモノを選んで注文して良いと言われた。どうやら昼食を奢ってくれる様子。だからこそ何を選ぶべきか少し迷ってしまう。

 マスターに渡された、シンプルで洗練された出来のメニューを見てみる。ラミネートフィルム加工されている真っ白な紙に、黒色の文字によってズラリと品名が書かれている。

 ドリンク類はもちろん、アイスクリームやプリンといったデザート類、そしてサンドイッチや各種トーストなどの軽食が喫茶店としては結構充実しているようだ。加えて、ランチメニューとして、とんかつ定食やハンバーグ定食、そして日替わり定食などガッツリと食べられる定食等もお手頃な価格で提供されている。思った以上に数が多くて正直言って、どれにしようか迷ってしまう。

 神谷さんに遠慮してコーヒーとサンドイッチで軽くて安く済ませようと考えてみたが、メニューに書かれた定食の充実具合を見ていると食欲が一気に湧いてきてしまい、ハッキリ言うとお腹が鳴ってしまいそうなぐらいにお腹が減っていた。

 チラッと神谷さんの方に視線を上げると、薄く微笑みながらみ見つめられていた。僕が顔を上げたことによって、互いの目線が合う。

「もう決まった?」
 どうやら神谷さんは既に選び終えているようで、僕が決めるのを待っているようだった。待たせてしまうのも悪いと思い急いで、何を食べるか決める。食べたいと思ったものを食べよう。

「えっと、じゃあ……。このハンバーグ定食でも良いですか?」
「うん、大丈夫」
 メニューを指差し、選んだ物を答える。神谷さんは僕の選んだハンバーグ定食という文字を確認してから、カウンターの向こうに居るマスターに声をかける。

「マスター! ハンバーグ定食1つと日替わり定食1つをお願い!」
「了解しました」
 慣れた感じで注文している様子を見ると、神谷さんと喫茶店のマスターは友人関係であるようだ。そして同時に、神谷さんが常連さんとして喫茶店に通っているのかもしれないと予想する。


 喫茶店のマスターに注文が通ってしばらくの待ち時間。


 朝から今まで神谷さんとの間に、精神的な距離を感じている。けれど、嫌いだから無視してやろう、という感じではなくて、僕のことをどう扱って良いのか分からないような不安感のようなものだろうと思う。

 だから、何とか二人の距離を近づけようと思って僕の方から積極的に声を掛けていく。

「お話していたお昼の用事は、ご飯を食べた後ですか?」
「えっと実は、商店街でお店をやってる人達と会って話してもらいたいの。佐藤さんの職業体験が決まった時に、ぜひ商店街の人達も会って話したいって言っていてね。初日からいきなりで悪いけれど、会ってもらえない? もし無理だったら今日はダメだって伝えるけれど……どう?」

 恐る恐るといった感じで神谷さんから確認される。会って話をするぐらいなら、僕の方には特に問題は無いと思い直ぐに了承する。

「ええ、会って話をするぐらいなら大丈夫ですよ」
「よかった、ありがとう」
 心の底から安堵したという様子の神谷さん。これから3ヶ月は、クローリス洋菓子店で働くので神谷さんとの関係をなるべく良くしていきたいし、できる限りのお願いは聞いておきたい。それに、商店街の人達にもお世話になるかもしれないから顔合わせをしておくのも良いだろうと考える。

 一体どんな人が来るのだろうと、少し不安に思いながら注文の出来上がりと商店街の人達が来るのを待った。


***


 再び沈黙してしまった神谷さんに、次は何の話題を振って話を続けようか少しの間に考えていると、店の扉が開かれる音が聞こえてきた。

「待たせたな、香織!」
「うん、大丈夫だって」
 店に入ってくるなりボリューム大きめの声で、神谷さんに呼びかける大柄の女性。どうやら、店に入ってきた彼女が先ほど話していた僕に会いたいと言っているという商店街の人だろうか。

 神谷さんの短い返事で伝わったのか、大柄の女性は僕達が座っているテーブルへ早足で近づいて来る。その時に、店に入ってきた女性の後ろには更に2人の女性がついて来ていたのが見えた。そういえば何人お店にやって来るかということを聞いていなかったけれど、今日会うのは3人だけだろうか。

 女性三人が、それぞれで席につくと神谷さんによって商店街に店を持つ人達だと紹介される。

 僕の隣りに座る、喫茶店に一番初めに入ってきた180cmぐらいの身長があるように見える非常に大柄な女性の名は大海たかみ(おおうみたかみ)さん。商店街で、八百屋を経営しているらしい。年齢は見たところ40代だと思われるけれど、若いながらに商店街の会長を務めているらしい。

 そして、神谷さんの右隣に座っているのが野辺地薫(のへじゆき)さん。フレームの細い黒縁のメガネをかけていて、知的な印象を受ける。多分、見た目から予測すると大海さんと同年代ぐらいだろうか。彼女は、商店街では花屋を営んでいるとのこと。

 神谷さんの左隣に座る最後の一人が、波々伯部咲江(ほうかべさき)さん。彼女も身長が高くて、大海さんと同じぐらいあるように見える。が、喫茶店にやって来た三人の中では一番年下のようだった。
 赤みがかったミディアムヘアには、ゆるくパーマがかかっている。そして、ウェーブしている髪の毛で顔の右半分が隠れて、左目と口の左半分しか見えないようになっている。
 顔の半分が髪で隠れているけれど、その見えている部分の表情は笑っているようにも怒っているようにも見えない、無表情だった。仰々しい苗字に似合うような、威圧感が少しある女性だ。そして、彼女は電気屋を営んでいるとのこと。

「お待たせしました。注文のハンバーグ定食と日替わり定食です」
 三人の紹介が終わった頃に、ちょうど昼食が出来上がったらしくて美味しそうな匂いとともにテーブルへと運ばれてきた。

 

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