第48話 一緒に昼食

 職業体験をさせてもらう事になり、クローリス洋菓子店の現状について詳しく知ることになって、自分はどうするべきか考えてみた。

 先日味わったケーキの味を思い出してみると、このお店で売られている商品の味は感動するぐらいに素晴らしくて、あのケーキの味を知ってもらう機会があればリピーターはすぐに増えて、他にも口コミなどで一気にお店の情報が拡散するだろうし、瞬く間にお客様が来るようになってクローリス洋菓子店は繁盛するまでそんなに時間は掛からないだろうと容易に想像できる。

 そう感じさせてくれるぐらいに並外れた商品が売られているのに、今のように客が来ていない現状のほうが商店として不自然なのだと感じる。クローリス洋菓子店は、世間に知られなさすぎているのだと思う。

 その一番の原因だと考えられるのは、やはり神谷さんがクローリス洋菓子店を積極的に売りだそうとしないからなのだろう。

 神谷さんに向けて、もう少し店の商品を売り出すべきではないか、という僕の考えを伝えてはみたけれど良い反応は返ってこなかった。どうやら、神谷さんは積極的に動くことについて否定的のようだった。

 僕がこの店の従業員だったならば、もっと色々企画して売り出すためにお店に干渉していたかもしれない。けれど、自分は3ヶ月という区切られた期限で職業体験をさせてもらっているだけなので、もしも積極的に行動していたのに途中で期限が来て中途半端に終わらせてしまったり、失敗することで責任が取れまいまま問題を放置することになってしまうかもしれない。
 それに加えて、お店にお客様の呼びこみをしてしまうと神谷さんに余計な雑務が増えて菓子作りが疎かになってしまい、今のケーキの味が落ちてしまうという危険性もある。

 色々な危険性を考えるとクローリス洋菓子店の問題に、これ以上無理に介入するべきではないだろうと自分の中で結論付ける。どうしたって、自分は職業体験している身なのだから。


***


「じゃあ、ちょっと待っていて。今から外に出るから」
 神谷さんは、開いていたお店の正面ドアを閉めて外出する準備を始めだした。

「え? どこに出かけるんですか?」
 正面のガラスドアを全て閉めてお店を出る様子だったので、僕は内心では真っ昼間に店を閉めてしまって良いのだろうかという疑問と、先ほど話に出てきた保育園に三時のおやつとしての商品を、今から届けに行くのだろうかという予想が頭に浮かんだ。

「今朝言った、午後からの用事を済ませないとイケないからね。それと、一緒に昼食にしようと思って」
 僕の疑問の言葉に、神谷さんは答えてくれた。

 そういえば確か朝に、午後からまたやってもらうことがあると言われていた、という事を思い出した。更に、先日の話し合いの時に職業体験中は昼食について神谷さんの方で用意してくれると言われていたことも、思い出していた。

 昼食ならお弁当を作って持って行けるだろうと考えて、僕は自分で用意できるという事を神谷さんに言ってみたけれど、お弁当は持ってくる必要は無いと念を入れて言われていた。どうやら、本当に昼食については用意してくれているようだった。

 ふと、もう一つの疑問について聞いてみた。

「昼間からお店を閉めてしまっても良いんでしょうか?」
「うん、午前中だけじゃなくて昼間も夕方もお客さんが来ることは、ほとんど無いから閉めてしまってもそんなに困らないの」
 本当にこの店では店舗販売で儲けようとは考えていないようだ、という事を再認識させられた。一応お店は開いているけれど、商売気が全く無いらしい。

「今から商店街の人と会ってもらおうと思う。すぐ近くだから服装はそのままで良いわ。じゃあ、私の後に付いてきて」


***


 神谷さんと一緒に向かった先にあったのは、喫茶店だった。クローリス洋菓子店の三件隣りにあったその店に、神谷さんはためらいなく入っていったので、僕も後ろについて一緒に喫茶店へと入る。

「いらっしゃい」
「こんにちわ、マスター」
 店の中へ入ると、カウンターの向かいから女性のハスキーボイスが聞こえてきた。声が聞こえた方へ目を向けると、品の良い五十代ぐらいに見える女性が手に持つガラスコップを拭く手を止めて、お店へ入ってきた僕達の方に視線を向けていた。

 170cm以上あるように見える長身の女性。髪型はひし形のフィルムをした黒髪のボブヘアー。服装は、白いシャツの上に肩の部分が出ているカマーベストというバーテンダーの着るような服を着て、そして首元に蝶ネクタイを身に着けている。女性の姿なのに、まさに喫茶店のマスターという風な出で立ちだった。

「連れてきたわ」
「彼が、職場体験に来たっていう? 取り敢えず、コチラの席にどうぞ」
 カウンターの向こうから出てきた女性は、僕の方を見て直ぐに店の奥にある大きめのテーブル席へと案内してくれた。女性に誘導されて、6人の座る席があるうちの1つに腰を下ろす。そして、僕の向かいの席に神谷さんが座った。

「こちらがメニューでございます」
「ありがとうございます」
 目の前に丁寧に出されたメニューを受け取る。そして僕がメニューを受け取ると、向かいに座っている神谷さんにも同じようにメニューを差し出して、2人で少しだけ会話をしていた。

「他の人は多分もう少しで来ると思う。その間に注文を決めておくわ」
「分かった。じゃあ、それまで準備しておくからごゆっくり」
 2人は打ち解けた雰囲気で会話していて、50代に見える女性と20代後半の神谷さんの歳の差を感じさせない仲の良さが伺えた。

「佐藤さん、お昼はココで済ませましょう。遠慮せずに食べたいモノを選んで」
 神谷さんに促されて、お昼をメニューの中から選ぶことになった。

 

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