第47話 営業開始、けれど

 お店の正面のドアを大きく開いて、さぁ始まったと僕は気合を入れる。けれど、神谷さんはそのままカウンターを抜けて店の奥へ戻ろうとしていた。その後姿に、慌てて声をかける。

「あ、あの。店番とかしなくて良いんですか?」
「え? あぁ、多分午前中はお客様は来ないので佐藤さんも休憩室で自由に休んでいてもらって結構ですよ」
「え?」

 神谷さんから返ってきた言葉に唖然としてしまう。初めてクローリス洋菓子店に来た時を思い出すと、その時も店番は居なくて神谷さんは店の奥で何かをしていた。どうやら、このお店は無人なのが日常的な事らしいようだった。

「何か用があればベルを鳴らしてもらうようにしているから大丈夫」
 神谷さんが指す先を見ると、確かにカウンターの上に手のひらで押すとチンと甲高い音が鳴るベルが置かれていた。
 そして更に、店の中に置いてあるレジの中にお金は少ししか置いていないし監視カメラも設置してあるから防犯も大丈夫。そもそも本当に朝に来店するお客様が一切居ないのがいつもの事なので人を置いていても無駄だとか、店番する必要性が無いことを詳しく説明された。

「あの、それじゃあ神谷さんはこれから何をするんですか?」
「私は、いつもこの時間は商品の研究をしているの。それじゃあ、佐藤さんは好きに休んでちょうだい。午後からまたやってもらうことがあるから」
「あっ……」
 神谷さんはそう言って、僕の返事を待たずに奥へと引っ込んでしまった。平日の午前中、いつも調理室に篭って商品開発をしているらしい。だからあんなに美味しいケーキが生まれたのかと感心するけれど、お客さんが来ないということが分かっているということは、それほどに商品が売れていない言うこと。このお店はちゃんと営業していけてるのかどうか、心配になる。

 と言うか、神谷さんと僕以外に従業員は居ないのだろうかと今更になって気になってきた。神谷さんに質問すれば分かるだろうけれど、奥に引っ込んだために今は聞けない。そして、今のところ神谷さん以外の人を見ていない。売り子として営業時間になったら誰か来るだろうと予想していたのに、誰もやって来ていなかったし。

 休んでいて大丈夫と言われたけれど、せっかくの職場体験初日に休む気にはなれない。来ないだろうと言われたけれど、一応僕はカウンターに立ってお客様が来るのを待つことにした。ついでに、目の前に並べてある商品の名前と価格を覚えて何時でも売り子として仕事ができるように備えること。


***


 一時間を過ぎると、店内に並べられてある商品の名前と値段を一通り覚えることが出来た。そして、神谷さんの言うとおりお客様は一人も入って来ることはなかった。目の前の通りにはチラホラと人が歩いてるのが見えたけれど、足早に店の前を通ってココに入ってくる様子は無い。本当に、朝は人が見せに来ることは無いようだ。なら何で、お店を開けてるんだろう……。

 午後には何か仕事があると言っていたから、それまでもう少し店番をしながら今度は掃除でもしようかな、と思いつく。掃き掃除はホコリが店内に舞って、ケースの中に保存されているとはいえ菓子を売っている店として問題になりそうなので拭き掃除を行うことに。

 更衣室の中に置いてあった雑巾を見つけてきて、店内の気になる部分を拭いていく。商品の置かれたショーケースは汚れもなくて綺麗に保たれているようだったけれど、その他の部分、店内を彩る小物や棚等は結構汚れていて何度も雑巾を洗い直す必要があった。
 掃除中に店内を詳しく観察してみると、ホコリも隅の方に結構溜まっているのが見えて、店内の掃除が少し足りていない様だった。お店にお客様が来ないだろうと、掃除を疎かにしているのかもしれない。

「あれ? 佐藤さん、お店の掃除をしてくれていたの?」
 いつの間にか時間が過ぎていたのか、神谷さんがやって来て僕の掃除をしている姿を見て凄く驚いている。

「えぇ。せっかくの職業体験なので、休んでいるだけなのはもったいないと思って店番をしながら掃除をしていました」
「……そう、ありがとう。お客様は来なかったでしょう?」
 驚いた様子から変わって恐る恐ると言った感じで観察してきた神谷さんは、僕の返答を聞くと落ち着いて午前中の店番のことについて聞いてくる。

「えぇ、神谷さんの言うとおりお店に人は来ませんでした」
「そうね。このお店は一応開けているけれど、店頭で売れることは殆ど無いから」
 店頭では売れない。どうやら、午後もお店にお客様が来る様子は無いようだった。

「え? それじゃあ、せっかく作った商品は?」
「ソレとかは、近くの保育園の人が買い取ってくれるのがほとんどなの。残りは近所の人に配ったりするのよ」

 今朝作った商品は保育園に買い取ってもらって、園児たちの3時のおやつに出されるらしい。そして、残りを近所の人にあげたり自分で食べたりするので、ほとんど廃棄処分せずに済ましているとのこと。そうやって、この店はなんとか成り立っているとのこと。

 このケーキの味を知れば、リピーターも増えるだろうし売れるだろう。けれど、神谷さんは積極的に売りだそうとは考えていないらしい。今も保育園への定期販売による収入でギリギリだけれど黒字営業出来ているし、赤字が出なければ十分と言っている。ただ、お菓子作りができれば良いという考えのようだった。

 

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