第46話 職業体験の初日

 職業体験についての話し合いは問題なく終わり、その日は解散となった。それから日付はどんどん進んで気がついたら職業体験初日となっていた。

 前回は先生に同行してもらって洋菓子店へ訪れたけれど、今回からは仕事場へ一人で向かうことになっていた。先生に連れ添ってもらって行った時は学校から向かったけれど、今回は自宅から直接向かうことに。と言っても、クローリス洋菓子店は自宅に一番近い駅から電車に乗って、学園に向かう方向とは反対側に二駅進んだ所から徒歩5分の場所にあるので、自宅から学園に登校するよりも早い時間で到着できる。

「おはようございます!」
「……おはよう」

 店の裏口から入ると、神谷さんが立っていたので僕の方から元気よく挨拶をする。まだ警戒されているのか拒絶するような雰囲気があって、神谷さんは僕に目もくれずに返事だけする。
 そしてすぐに更衣室に案内されると、割り当てられたロッカーを指差し言う。

「荷物とかはココに置いておいて、後は中に置いてある服に着替えて」

 神谷さんはそれだけ言うと、更衣室をすぐに出て行く。彼女の態度に、3ヶ月の職業体験は無事に終了できるかどうか不安になって気分が落ち込んでくる。
 落ち込んでしまった気分を振り上げるように、ロッカーを開けてみる。中には、今回のために用意してもらった真っ白なコックコートが掛けてあった。すぐに手にとって着替える。首元に真っ赤なスカーフも巻いて、見た目もバッチリに着替え終わる。

 パティシエが仕事をするときに着る服装。僕にとっては憧れがあったけれど、結局身に着けることがなかった服装である。しかし、今は体験学習という機会ではあるけれど着ることができているという状況に、いやが上にもテンションが上がっていく。


***


「ごめんなさい、お待たせしました」
「次はこっち」

 着替えを終えて、休憩室を出た所で立っていた神谷さん。どうやら、僕が着替えている間もずっと待ってくれていたようだ。着替えにそんなに時間は掛けてないつもりだけれど、待たせてしまい申し訳ない気持ちになって急いで謝る。それでも、何の反応も見せずに今度は調理室へとずんずんと歩いて行ってしまう神谷さん。

 ここまで徹底的に受け入れないという態度をされると、もしかして何か過去に彼女に対して何かやってしまったのではないかと不安になる。しかし神谷さんと初めて出会ったのは、先生を交えた職業体験の最終確認をした時のはずだ。そして、その最初の出会いから無愛想に対応されたと記憶しているし、他に思い当たるふしがない。僕には神谷さんと出会って話したという記憶はあるけれど、ソレは今の世界に来る前の記憶だし関係ないだろう。じゃあ、一体何が原因だろう。

 モヤモヤとした気持ちのまま、神谷さんの後について調理室へと入っていく。

 職業体験は朝から夕方まで一日行われる予定となっている。そして今日はまず、お菓子作りについて僕が神谷さんの手伝いが出来るかどうか力量をチェックすることになっていた。
 クローリス洋菓子店に出す商品の仕込みは、早朝から神谷さんが行っている。そして今から行う仕上げについて、僕が手伝いできるか見てくれるらしい。

 事前に先生から神谷さんには僕の情報である、料理部に所属していて一通りの料理や菓子作りは出来ることを伝えてもらっている。しかし神谷さんは、僕が料理や菓子作りが出来ることについて疑いがあるようで、今回の手伝いにおいて自分の目で見て判断しようという考えらしい。

 たしかに今時の男子は料理ができないというのが一般的な世間の事実らしくて、学園の料理部に所属している部員ですら僕が入部する前は誰一人料理が出来ていなかった事を思い出すと、神谷さんの信じられないという気持ちは理解できる。

 今朝焼き上げたというスポンジケーキと、泡立て終えている生クリームが僕の目の前に置かれる。そして、ケーキのスポンジに生クリームを下塗りするようにと僕に指示を出した。

 普段から料理や菓子作りをしているという事を示すために、僕は少しだけ張り切り素早く指示された通りにスポンジケーキに生クリームを塗っていく。

「凄く手馴れているのね。びっくりしたわ」
 しばらく観察していた神谷さんは僕の作業の手際を見て、初めて本心からの言葉を聞かせてくれた。そのことを嬉しく感じて、さらに気合を入れて作業を続けていく。

 最初に指示された作業が全て完了し、なんとか手伝いとして戦力になれる事を神谷さんに示すことが出来たと思う。
 それから僕の力量を認めてくれたのか、神谷さんは先に指示した事よりも少しだけ難易度の高い作業の手伝いを指示してきた。と言っても、僕にとってはそれほど難しく感じる事もない作業だったので、黙々と神谷さんの指示に従って丁寧に仕上げを手伝っていく。

 次々に出される指示をコツコツと終わらせていく。結局、作業が終わるだろうと予定していた時間よりも一時間早くに、すべて終えることが出来た。
 それから仕上げた商品をケースに陳列していき、店を開ける準備まで整った。開店時間の午前十時までには、まだ一時間程の余裕があった。

「あなたのことを疑って、ごめんなさい」
 朝の準備を終えて店が開店できるようになった頃、神谷さんが僕に申し訳無さそうに謝ってきた。
「いえ、全然気にしてませんよ!」
 神谷さんの本当に申し訳ないという顔を見ていると、とてつもない罪悪感にかられてしまう。そんな顔をしては欲しくないと思いながら、急いで気にしていないとアピールする。

「本当にごめんなさい。私、昔にちょっとあって男の人に対して苦手意識が強くて……。でも、あなたは少し違っているみたい。さっき手伝ってもらった時に見せてくれた手際とか表情とか見ていたら、私の苦手な男の人と全然違うみたい」
 どうやら神谷さんは過去に何かあって、男性に強い不信感を抱いていたようだ。そのために、男性である僕に対しても壁を作って接していたようだ。
 けれど僕が先ほど手伝いをしていた時の手つきを見て、そして今までの僕の行動等を振り返って丁寧に接していた事を思い出してくれて、そんな人につっけんどんな態度をして居たことを謝られてしまった。

「大丈夫です、分かってもらえただけで十分ですよ。これから3ヶ月、よろしくおねがいしますね」
「ありがとう、そしてこれからよろしく」
 どうやら前の記憶にある神谷さんと同じように、お菓子作りが本当に大好きのようだ。そんなお菓子作りを通して、僕のことを理解してもらえたことを嬉しく思う。神谷さんとの心の距離を少しだけ縮めることが出来た。

 こうして、朝のうちから色々とありながらもクローリス洋菓子店の開店時間である午前十時に差し掛かったので、神谷さんは正面の扉を開いてお店をオープンさせた。

 

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