第41話 むりやり席へ

「優に何をしているの?」

 紗綾姉さんが階段を一階から上がって来て、僕達の状況を見ていた。そして、沙紀姉さんに向かって声をかける紗綾姉さん。彼女は驚くぐらいに低い声で、聞いた僕は背筋が一瞬ゾクッとしてしまった程に怖かった。

 僕は先ほど右腕で顔を拭った後だったので、頬には涙は流れてなかったけれど涙目になっているだろうし、そんな僕に向かって沙希姉さんは慌てた様子で頭を下げて謝っている状況。

「ち、ちが」
「何をやっているの?」
 沙希姉さんが弁明しようと慌てて声を上げるが、その声に合わせて紗綾姉さんが再び言葉を出す。

 僕は状況的にも直感的にも、マズイ、と感じた。
 紗綾姉さんが僕達の状況を見て何を考えたかわからないけれど、見る人によって悪い状況だとしか想像が働かないだろう。
 紗綾姉さんは低く怖い声を発している事から多分、僕に対して沙紀姉さんが何かをして泣かせたように考えたのだろう。

 しかし、僕の流した涙や涙目になっているのは沙希姉さんが原因ではない。沙希姉さんと紗綾姉さんとの仲が修復不可能になってしまう想像を僕はしてしまい、そう考えると悲しくなって緩くなった涙腺から涙が流れ出してしまっただけ。むしろ紗綾姉さんは原因ではないし、自分が想像してしまったのが一番の原因である。

 紗綾姉さんが沙希姉さんを暗い瞳で睨むようにして見ていることは、全く必要のない事。今の状況から更に悪い出来事が思い浮かぶ。彼女達2人の仲に決定的な溝ができてしまうような状況にしてしまった。そう考えるっと、また心が苦しくなって涙が出そうになる。だが、一度深呼吸して涙が流れ出るのを我慢する。

 逆行して以来、なぜか感情が揺れ動きやすくなっていて涙腺も緩くなっていてる事を、今更ながらに再認識させられた。と考えながら、今はこの状況を何とかしなければと頭を切り替える。

 どうすれば良いだろうか。互いを見合って、一方は強気に、そしてもう一方は弱気に。言葉は発しいないが、衝突寸前。

 僕は咄嗟に思いついた判断で、下の階のダイニングに2人を誘う事にした。
「二人共、下で僕の作ったお菓子を食べない?」
「え?」「……」
 今日の夕食後に出そうと思っていたプリン。僕の作った朝ご飯や夕ごはんを、いつも美味しそうに食べてくれるふたり。食べ物を使って、今の状況を変えることは出来ないか、席につかせて2人に話し合いをさせる事は出来ないかと考えて、プリンを食べないか2人に提案してみた。

「どう?」
 僕はこの提案がダメならば他にはどんな手があるだろうと考えながら、2人に伺った。

「……食べる」「食べるわ」
 少し気力を失っていながら返事をしてくれた沙紀姉さんと、未だに沙紀姉さんを睨み続けてながらも返事をしてくれた紗綾姉さん。
 想定外だが、とりあえず2人を一緒に誘うことは出来た。ただ、今の2人の険悪なムードを一旦落ち着かせられないかと思いながら、下の階に降りることにした。


 2階から降りてきて、ダイニングへやって来た僕達3人。今家に居るのは、僕と沙紀姉さん、紗綾姉さん、そして葵の4人だけ。葵はちょっと前に学校から帰ってきて、沙紀姉さんと同じように部屋に篭っている。春姉さんはアルバイトへ行っていて、まだ帰ってきていないし、香織さんは仕事である。家には今4人の人間が居るけれど、家は静まり返っていた。

「2人はそこに座って」
 僕が先導し、2人には僕が席を指差して座るように指示する。昨日作って熱を取るために冷ましておいた手作りのプリンを冷蔵庫から取り出し、2人に食べてもらうために最後の仕上げをする。同時に飲み物も用意しようとキッチンで動き回りながら、ダイニングに座らせた2人を観察する。

 2人だけで話し合いが始まれば良いけれど、2人共が黙って互いを見ているので放っておいたら喧嘩し始めるかもしれないと心配になった。
 素早くプリンと飲み物の準備を終えて、キッチンから出る。

「どうぞ」
「「…」」
 2人の目の前にプリンを出してみたが、反応は薄い。やっぱり無理やり座らせたのは失敗だっただろうかと、思い始めてしまった。

 僕がプリンの準備をしている間中は、沙紀姉さんも紗綾姉さんも互いを見てずっと黙っていた。なので、やっぱり家の中はしんと静かになって、しばらくの時間が流れた。が、紗綾姉さんがスプーンを持ってプリンを食べ始めると、沙紀姉さんもスプーンでプリンをすくって食べ始めた。

「うまっ」
 沙紀姉さんの手作りプリンを一口食べた後に出た、思わずといった感想を聞けて、僕は非常に嬉しく思った。先程まで意気消沈していた沙紀姉さんの表情には、プリンを食べたおかげだろうか、笑顔が徐々に戻っていった。
 沙紀姉さんに対してちょっとだけ安心して、次は紗綾姉さんの方を見ると、コチラも言葉は出さなかったが表情が柔らかい笑みになって手作りプリンを食べてくれていた。
 プリンのおかげで2人の話し合いに、ちょっとだけ突破口が見えてきた。

 手作りプリンと一緒に用意した飲み物、沙紀姉さんにはミルクティー、紗綾姉さんにはコーヒーに手が伸びて、なんとか話を始められるような雰囲気になった。

 

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