第38話 ケンカ勃発

 温泉旅行が終わって数日たった頃に、それは起こった。

「ただいまー」
 学校から帰ってくると、僕は直ぐに2階の自分の部屋で着替えた後、食事の下ごしらえをするために、キッチンへと向かった。今日は旅行先で食べた料理を再現しようと、時間と手間を掛けて挑戦するために、早めにキッチンへと向かったのだった。

「あれ、今日は早いんだね」
 いつもは部活がある沙希姉さんが、珍しいことに食卓のテーブルでアイスを食べていた。僕はそれに驚き、言葉を投げかけた。

「今日から試験期間だから、部活が休みでね」
 沙希姉さんの言葉に、そういえば僕も1週間後は試験だったなと思い出す。食事を終えた後は、勉強するかなと予定を立てながら、キッチンへと入る。

 僕が料理を始めようとした時に、食卓のドアが開き誰かが入ってきた。
「あら、優。こんな早い時間から、料理の準備?」
 どうやら、入ってきたのは紗綾姉さんのようだった。入ってきてすぐに、僕の居るキッチンへと歩いてくると、僕の直ぐ側に立った。

「おい、優に近いぞ」
 沙希姉さんの声は、紗綾姉さんに向けられた声で、脅すような恐ろしい声色で、僕はちょっとおっかないなぁと思った。しかし、紗綾姉さんは一向に気にしていない風で、僕に話しかける。
「今日は、どんな料理を作るの?」
「えっと、この前、温泉宿に行った時の魚料理を再現しようと思って……」

「おい、離れろって」
 アイスを食べていた沙希姉さんが椅子から立ち上がり、僕らの立っているキッチンへと入ってきた。そして、紗綾姉さんの肩に手を置いて、僕のそばから引き剥がそうとしたのだろう。しかし、その手は、紗綾姉さんの手によってパシッと払いのけられた。
「さっきから、うるさいわよ」
「なに……?」
 火花が散りそうなぐらい、目線をかち合わせている二人。僕は、オロオロと戸惑いながら二人の事を見ていた。

「貴方は、私達に構わず椅子に座ってアイスを食べ続けてれば良いのよ」
 紗綾姉さんが、そう沙希姉さんに向かって言う。どうも、良くない状況になっている。
「おまえは、優に近づきすぎ。離れろよ」
 挑戦的に沙希姉さんが言葉を返す。

「二人とも、ケンカはやめてよ」
 視線を合わせたまま、二人は向き合っていた。僕の言葉は、二人に届いたのかどうか分からなかった。さらに険悪なムードになっていく紗綾姉さんと沙希姉さん。

「私は、優を手伝うために、こうやって優に近づく必要があるのよ。貴方は、可愛い弟を手伝おうともせずに、椅子でアイスを食べていたのなら、私達に口出しする権利はないわよ」
「なにっ……!」

 その言葉に、沙希姉さんが腕を振り上げた。
(まずい、手をだす気だ!)
 僕は咄嗟に、紗綾姉さんの前に飛び出して、沙希姉さんの暴力を止めようとした。しかし……。

「優っ!」
「っっ!」
「えっ?」
 紗綾姉さんが悲痛な叫び声を出し、僕の痛みのよる声。そして、沙希姉さんの呆然とした声。飛び出すタイミングが遅すぎて、沙希姉さんの手が止まらず、僕の頭を殴りつけた。格好わるいことに、僕と紗綾姉さんや沙希姉さんとの身長差は、頭一個分ぐらいあり、ちょうど沙希姉さんの振り下ろした手は、僕の頭に命中したのだった。
「いってぇっ!」
 僕は、結構な痛みに頭を抱え込んでしゃがんでしまった。さすが、運動部だけあって沙希姉さんの力はかなり強かった。いや、もしかしたらこの世界の女性は、これぐらいの力があるものなのかと、今とは全然関係のないことが頭に浮かんだ。

「優っ、大丈夫?」
 紗綾姉さんが、そう確認しながら僕を抱きしめて頭の殴られた部分に手を添える。それだけで、少し痛みが和らいだ気がした。僕が、大丈夫だという合図で、首を縦に振ると、紗綾姉さんは安心したような顔をして、次に沙希姉さんを睨みつけた。

「貴方、男の人に、それも自分の弟に暴力を振るうなんて最低な人間ね。今すぐ、この部屋から出て行きなさい!」
「ち、違う。俺は……」
「今すぐ、この部屋を出て行きなさい!」

 二度、紗綾姉さんは沙希姉さんに向かってそう叫んで言った。
「僕は、大丈夫だから。平気だから。沙希姉さん!」
 飛び出した自分が悪いと思っての言葉は、沙希姉さんに届いてなかったのか、沙希姉さんは焦点の合わない目線のまま、ふらふらとキッチンと食卓から出て行ってしまった。

「本当に大丈夫? 優、頭を殴られたのよ。本当に乱暴な女ね」
 なおも、僕を抱きしめながら、殴られた部分をさすり紗綾姉さんが言う。

「僕は、大丈夫だから。それよりも、沙希姉さんが……!」
 僕は、本当にタイミングが悪くて、沙希姉さんの腕が当たってしまったのだと考えていた。それなにに、深刻そうな顔で出て行った沙希姉さんが気になった。
「あんな女なんて放っておいて大丈夫よ」
「でも……」
「大丈夫よ。それよりも、料理の下ごしらえが必要なんじゃない?」
 紗綾姉さんが言いながら、僕を立ち上がらせる。後を追いかけようと考えたのだが、紗綾姉さんが今向かうのは許しそうになかった。仕方なく、僕は料理の下ごしらえを始めたのだった。後で、ちゃんと紗綾姉さんとはお話しようと考えていた。

 

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