第35話 温泉へ入ろう

 夕食を食べたあと、僕は温泉へ入ることにした。まずは着替えを取るため、自分の部屋へと戻ってきたのだ。

「布団が敷いてある」
 僕が部屋を開けている間に、旅館の人が敷いてくれたのだろう。ふかふかの布団が敷いてあった。これなら、温泉から戻ってきてすぐに、ぐっすりと眠れるだろう。

 僕は、持ってきた荷物の中から着替えの下着を取り出す。そして、部屋に備えてある、浴衣とタオルを持って温泉へと向かった。

 部屋から、温泉への道は、少し離れた場所にある。ゆっくりと歩いて十分ぐらいのところに別館として建物があるのだ。旅館と温泉の有る建物をつなぐ渡り廊下を歩く。外は真っ暗だったが、旅館の照明が結構明るい。旅館は山の中にあるので、外を見ると、緑豊かな木々がいっぱいで、今は七月と、季節は夏前だけれど、山の澄んだ空気がひんやり冷たい。

 温泉の出入口に到着する前に、売店を横切る。売店には、ジュース、お土産、お菓子、お惣菜、焼酎など、様々な物が売られている。ジュースが並んでいる棚を確認すると、目的であるフルーツ牛乳も売っていた。僕は、普通の牛乳やコーヒー牛乳よりも、フルーツ牛乳派である。持ってきた小銭を確認して、温泉からあがった後に、定番のフルーツ牛乳を買おうと心に決めて、売店を後にする。

 男湯ののれんをくぐると、脱衣所へと到着する。カゴと区切られた棚が、右の壁側にある。着替えを入れるカゴを一つ棚から取り出す。カゴは全て、空になっている。温泉へとつながっているガラス扉の向こうを見ても、人の居る気配がない。時間は七時半頃と、いい時間なのに風呂に入る客は僕一人しか居ないようだ。旅館に来てから、男性の客らしい人を見ていないので、もしかしたら、旅館の男性客は僕一人かもしれないという考えが浮かんだ。

 僕は素早く服を脱ぎ、フェイスタオルを一枚、肩にかけて温泉へと向かう。ガラス扉を開けて、中を眺める。中は露天になっていて、温泉から湯気が、ムワッと立ち上がる。そして、温泉特有の匂いを感じる。
やはり、客は一人も居ないようだ。地面は石造りの、ひんやりとした冷たい感触。まずは、身体を洗おうと壁側に備え付けてあるシャワーを手にとって、髪から洗い始める。壁に掛かっている鏡を見ながら、身体も洗う。

 洗い終わり、直ぐに温泉に浸かる。普段、家で入るお湯と違い、なんだか身体の芯に染みこむような暖かいお湯で、とても気持ちいい。温泉から立ち上る湯気を顔に受けながら、じっくりと身体を休める。身体が十分に温まったら、お湯から身体を上げて縁に腰を掛けて足だけ浸かる。そしてまた、肌寒くなったら全身をお湯につけるというような事を十五分ぐらい繰り返し行なった。

(あっちはなんだろう?)
 何処かに繋がる扉があるのに気づいた。あっちにも風呂があるのだろうか。
 温泉から上がり、扉を近くで見てみる。扉には、白いプラスチックで作らた注意書きがあった。そこには、混浴なので男性は注意するようにと書かれている。
(混浴か、香織さんに注意されたけど……)
 折角、温泉へ来たのなら、宿に有る温泉全て入っておきたいと思う僕は、扉を開けて、中を覗きこんでみた。

 扉の向こうには、石畳の通路になっていた。その先にもう一つ扉があった。僕は、その扉まで歩いて近づき、中を覗いてみた。白く濁った温泉が一つある。そして、誰も居なかった。
(あ、入ってみたい)
 僕は、誰も居ないことを再度確認して、そのまま扉を通りぬけ、温泉へと浸かった。誰か来たら、すぐに上がればいいやと思いながら、ゆっくりと目を閉じた。

 ゆったりと温泉へ浸かっていると、女性の声が聞こえてきた。声の種類から、三人組だろうかと推測しながら僕は、彼女たちが入ってくる前に、温泉から急いで移動する。混浴ではあるが、気が引けるので上がることにする。

「痛っ」
 僕は、急ぎすぎた為に、温泉から上がろうとしたけれど縁で足を滑らせた。おしりから転んでしまった。ジャボンと大きな音を立てて、また白濁したお湯の中へと戻る僕。会話していた女性たちの声がピタッと止まった。そしてすぐさま、ガラリと扉が開いた。そこから女性達がやってきた。彼女たちは、タオルも使わず、身体を隠すこともなく、歩いてくる。
 (しまった、女性達が入ってきてしまった)
 何か言われる前に出ようとしたが、彼女たちの視線が僕に釘付けなのを感じた。
 「ごめんなさい、直ぐに出ますんで」
 男の僕が居るなんて、気まずいだろうと考えて、なるべく彼女たちの身体は見ないように視線を外して、僕は急いで風呂から上がった。
 「え、あ、いや、ココは混浴だし。居ても構わないよ?」
 三人組の中の一人がそう言うが、お湯から上がった所なので、戻るわけにもいかず、そのまま出ることにする。

 「すぐに出るんで、ごめんなさい」
 
 入ってきた扉に、急いで戻り、男湯へと帰ってくる。やっぱり、混浴なんてやめておけばよかったかな何て思ったが、まぁ白濁の湯に入れたし良かったと結論づけた。

 男湯に戻ったあとも、何度かお湯に浸かり、芯までほてった状態で風呂を上がる。身体を拭いて、浴衣に着替える間まで、客は一人も来なかった。やはり、男性客は僕一人なんだろうかと考えながら、温泉を後にした。

 ちなみに、風呂から上がった後はちゃんとフルーツ牛乳を頂きました。とても美味しかったです。

 

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