閑話04 佐藤沙希の場合

 部活から帰る途中。学校から家までの距離を一気に走る。部活で疲れている体を、思いっきり動かし残りの体力をギリギリまで消耗する。いつもの通りだ。

「と~ちゃく」
 ハァハァと息が乱れて、だいぶ疲れたが心地良い疲労感だった。家に入り、自分の部屋にすぐに向かう。荷物を置き、ユニフォームを着替える。上下真っ赤のジャージに身を包む。暖かくて動きやすい服装になった。脱いだユニフォームと下着をまとめてかごに入れる。後で、洗濯機に持って行かなければ。

 腹が鳴った。かなり腹が減っている。時間を見ると夕食までちょっと早いが、冷蔵庫に何かあるかもと、ダイニングルームに向かう。

 母さんが居るのを見つけて、声をかける。
「ご飯まだー?」
 くるっとこちらを見る。やばい、怒っている。
「サキちゃん、今日当番だったでしょ?なんで捨てに行ってないの」
 指の先に、ゴミ袋がある。確かに、今日ゴミ出し当番だったが朝起きるのが遅れて紗綾に頼んだはずだ。だけど、今口答えすると説教されるに決まっている。
「ごめんなさい」
「次のゴミの日に捨てておいてね、じゃこの話はこれでおしまい。ご飯はもう少し待っててね」
 紗綾のせいだ。イライラしていく。紗綾に頼んだのになんで捨てに行ってくれなかったのか。いつもそうだった。頼んだのにしてくれない。
 立っていると物にあたってしまいそうになるので、椅子に座って落ち着こうとする。

 すると、すぐ紗綾がダイニングルームに入ってきた。紗綾はちらっと台所を見ると、向かいの一番端の椅子に座った。こっちには目線を一つも向けない。
「ゴミ、頼んだのになんで捨てなかった?」
「私の当番じゃないわ」
 紗綾の返答に、怒りがこみ上げてくる。
「母さんに怒られた」
「私のせいじゃないわ。当番なのにゴミを捨てなかったあなたが悪い」
 じっとしていられなかった。椅子から立ち上がって指を指す。

「だから、朝頼んだのにやらなかったあんたが悪いって言ってんだよ!」
「私は分かったとは言ってないわ。あなたが勝手に頼んだだけ」

 ちっとも慌てず、淡々としている紗綾にまたイライラが募る。
「たまに手伝ってやってるんだから、俺のいうことも聞けよ!」
「勝手に手伝ってるだけでしょ。私は頼んでないわ」

「だからって、助けてやってるのは事実だろ!」
「そんなのあなたの勝手だわ。助けてやったから今度は私の番なんて、あなたのわがままだわ」

「くっ」
 歯ぎしりをする、イライラが最高潮に達する。あのイラつく顔をおもいっきり殴ってやりたい。紗綾の顔から目を逸らし、テーブルを見る。過去に殴りかかって、母さんに思い切り怒られたことと、小遣いを減らされたことを思い出す。

 飯前に怒られるようなことがあれば、飯抜きにされるだろう。イライラで体が震えるのを感じる。息を吸って吐き、心が落ち着くのを待つ。イラつきはご飯を食って落ち着けるに限ると思い、ご飯の準備をしている母さんの方を見ようとする。
 扉付近に春姉ちゃんが居ることに気づく。傍らに、優が居る。思わず声が出る。

「あっ、優!」
 母さんに数日前に目が覚めた事、記憶喪失になっていることを聞いた。記憶喪失なんてテレビの中の出来事だと思っていた。身近な人がそんな状況になってしまうなんて思いもよらなかったし、本人もめちゃくちゃ大変なんじゃなかろうか。

「帰ってきたんだ、心配したんだぞ!記憶喪失だって母さんから聞いたけど大丈夫か?俺のことはわかるか?」
「えっと、沙希さんの事は春お姉ちゃんに聞きました」
 いつものぶすっとイライラしたような顔じゃない。返事もなんだか変だ。だけど、久しぶりに聞いた優の声は確かに本人だった。優の返事、姉ちゃんに聞いたということは俺のことも忘れてしまったということだろう。

 一気に体の力が抜ける。
「そっか、俺のことも忘れてたか」

 忘れられたという事も気になるが、もう一つ気になることがある。

「それよりも!姉ちゃん、優に近い!」
 姉ちゃんに指を指し抗議する。手を伸ばせば優に触れられる距離。いつもは家族にも警戒して近づけさせない距離だ。姉ちゃんが優の方に手を乗せる。
「なあっ」
 微かに漏れる、声。

「優は嫌かい?」
「い、嫌じゃない……です」
 優に質問して、嫌じゃないと言う答えを聞き出す姉ちゃん。

「だ、そうだ。優が良いって言っているから良いんだ」
「ぐっ」
 優の言うことだから、仕方ないがモヤモヤとする気持ち。なんで、姉ちゃんだけあんな距離に居れて、俺は居れないんだ。ずるい。すると、次に沙綾が近づいて何事か優にささやく。いつも先を越される。ここで沙綾に不満を言うと、優に嫌がられるかもしれない。そんなことを思うと何も言えなくなる。

 椅子に座って会話が終わるのを待つ。沙綾が手を離すのを見て、すかさず声をかける。
「じゃ、俺の事は姉貴って呼んでくれ」
 沙綾も葵も呼んでくれない呼称。かなりの憧れがある。
「あ、あねき……」
 うつむく優を見て、調子に乗りすぎたかと思う。今の優の感じだと、許してくれると思ったが、やりすぎたか。
 母さんがご飯を持ってくる。優の興味は夕飯へと変わった。ほっとする。今の優との距離感がイマイチつかめない。

 どうしたら良いか考えながら、今はとりあえず減った腹を満たそうと考える。

 

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