第02話 状況理解

 目を覚ましてから数日間は、豪華な造りのベッドの上で寝たきりの生活を過ごした。少しでもベッドを抜けだそうとすると、侍女のマレットが直ぐに止めに来るからだ。

 安静にしているようにと四六時中監視されていて、記憶喪失者としての振る舞いをしている俺は、そのフリがバレはしないか少し緊張しながら日々を生きていた。まぁ、このベッドの上で生活をしている間に部屋を訪れた人間は侍女のマレットと母親のアメリアの2人ぐらいしか居なかったので、俺という中身について感付かれる様子は無かった。

 部屋を訪れてくれるアメリアから、記憶を取り戻すキッカケを作るためにという理由で“ルーク”という人物について聞き出してみると、様々な事がわかった。

 ルークはロートリンゲン公爵家の長男で、ロートリンゲン公爵家の後継者と言われていた人間らしい。
 ロートリンゲン公爵と言えば、かなり王族に近しい貴族だったはずだと
学のない俺でも知っていた程に高名な貴族だ。

 そしてルークが記憶喪失になる直前の行動について。あの日は、お城で催される王子の生誕パーティに参加する予定だった。更にはルークも今年で15歳の成人となるために、現王により婚約者を引き合わしてもらう予定だったらしい。
 だが、ルークはお城へ向かっていた馬車の進路を変更させて城下町をぐるぐると動き回ると、そのまま城下町を抜けだして行ったらしい。城下町郊外の草原にて発見されたが、十名もの護衛がついていたのに彼らは全員死亡しており、護衛の死体が転がる中で何故かルークだけが少々の傷程度で助かった。

 なぜルークはお城へ向かわずにアチラコチラを徘徊したのか、そのまま城下町の外へと向かっていったのか。唯一の手がかりであるルークも記憶喪失と、現在わからないことだらけ。

 ただ、市民からのルークの行動についての目撃情報が続々と集まってきていて、一番大きな情報として市場で男性一人を襲撃して、気絶した男性を馬車に乗せると何処かへ連れ去って行ったという事件を起こしている事がわかったらしい。
 現在、この襲撃された男性に事情を聞くために探ってみているが、ルークが倒れていた場所には姿は見当たらず、城下町を探しているが見つかっていないらしい。

 この話を聞いて、多分この襲われた人間が過去の俺だという事はわかった。ただ、姿が見つかっていないということは、自分の意志で動き回っている可能性があると思われる、もしかしたら俺が“ルーク”になったと言うことから考えてみると、ルークも“俺”になったという事かもしれない。何故逃げているかは分からないが。


***


 ある朝、いつもの様にベッドの上でマレットが持ってくる朝食を待っていると、そのマレットが急いだ様子で、手ぶらのまま部屋に戻ってきた。

「マーク様、大変急では御座いますが御当主様が本日の朝食に参加せよと仰せです。直ぐに準備をお願いします」

 どうやら、やっと父親であり当主の人物が登場らしい。
 相変わらず贅肉たっぷりで重い身体をドシドシと動かしながら、さらにマレットに手伝ってもらいながらも、着替えを済ませて食堂へと向かった。

 部屋にはいると、中央の席にヒゲをたくわえた壮年の男性が座っていて、直ぐ右横の席に神妙な顔をしている母親が座っていた。どうやらヒゲの男性が、ロートリンゲン公爵でありルークの父親らしい。

「座りなさい」
 低く威厳のある声で、俺に向かって言葉を掛ける。男性の言葉通り、俺は席について目の前の男性を見る。俺が座ったのを見計らって、男性は話し始めた。

「話はアメリアから聞いているが、記憶が無いという報告に嘘偽りは無いな?」
 男の全てを探るように見てくる鋭い目に一瞬ドキリとしたが、“俺”という存在を疑っているわけではなく、記憶喪失が虚言ではないかと疑っているらしい。

「えぇ、あの日より以前についての記憶がありません。それと、大変失礼ですが貴方はどなたでしょうか?」
 失礼になるかもしれないが、念の為に聞いてみた。

「むぅ、すまん。少し先走ってしまったようだ。ワシは、ルイス。お前の父親だ」
 父親の名乗りには、ギスギスしたものは感じず少し安心。

 食事をしながら話を進める。俺がルークになった日の事について、王国でわかっている事。現状についてとこれから。父親の話では、今回の件で俺は健康状態に問題ありという烙印が押されて、後継者の話や婚約話も無かったことになった。
 父親が何とか無難に終わらせようと手を回したが、ロートリンゲン公爵の次男や三男等を支持する貴族たちが、今回の事件や俺の記憶喪失についての情報を手に入れると、絶好の機会だと考えて問題を公に晒してしまったらしい。

 そのため、王族からの指名であったロートリンゲン公爵の後継者としてのルークは、一気にその資格を失ったそうだ。
 といっても、もともと俺とルークは別の人間なので、今更貴族の権利は我にありと主張するつもりもないので、俺はすぐに了承。

 俺の返事に父親はホッと一息。加えて、俺は直ぐにでも療養を理由に王都から離れて、ロートリンゲン領へと戻るように言い渡された。これは、後継者としての地位を失ったルークが迫害を受ける可能性がある事、次男や三男、その他の候補者の権力争いに巻き込まれないために、また今回の事件には不審な点が多くあり、も問題が解決するまでの身の危険度を下げるためである。

「そうだな、アメリアにも息子について行ってもらう方が安全かもしれない」
 その一言で、王都からロートリンゲン領への帰還が決まった。

「しかし、何というか……雰囲気が変わったな」
 話が一段落し、話題を変えるためなのか父親がしみじみと言う。

「そうでしょうか?(雰囲気と言うか中身が変わったからな)」
 内心を顔に出さないように、返事をする。
「以前は、手が付けられないというか、我が強い性格だったからな」

 屋敷で数日を過ごしている間、屋敷にはかなりの人間が居たはずなのに、俺の部屋にはマレットと母親以外の人間は訪れなかった。どうやら、以前のルーク坊ちゃまはかなりのわがままお坊ちゃんだったようで、使用人達をかなり困らせていたようだった。父親の言い方はかなりオブラートに包んでいるが、やはり本当のことだったらしい。

「記憶はありませんが、申し訳なく思います」
 俺が申し訳ない表情で、頭を下げて謝る。

「いや、謝る必要はない。ただしかし……、残念だ。今のお前になら、後継者を任せられるのだが……」
 小声でつぶやく父親。俺はその言葉を聞こえないふりをした。

「さて、私はもう行くよ。我が領への出発の準備などは、屋敷の人間達に任せてお前は安静にしていなさい」
 食事を終えたルイスは、素早く席を立つと話は終わったと言って部屋を出て行った。

 一先ず状況は理解できたが、まだ分からないことだらけで何から手を付けていいかわからない。だが、まずはロートリンゲン領へ向けて出発する必要がありそうだ。

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