第01話 目覚めて

 目を開けると、知らない場所に横たわって居た。いつの間にベッドの上で寝ていたのかと寝ぼけた頭で現状がどうなっているか把握しようとする。そして、だんだんと意識がしっかりとし、思考がクリアになっていく。

 思考が鮮明になった途端、急いで身体に力を入れて起き上がろうとする。だが、身体が思うように動かない。異常な状態だった。まるで病気を患った時のように肌の感覚が鈍り、身の丈ほどの荷物を背負わされた時のように身体が重くて動かない。

 ベッドの上で、目だけを動かして周りを観察する。ふと腕に目をやると豚のように太った醜い腕が見えた。目線をその芋虫のように太った5本の指がある醜い腕に向ける。グッと握ったりパーと広げたりを繰り返す。そこで俺はやっと気付いた。


 これは俺の手なのか、と。


 ベッドから腕だけを上げたり下げたりして、その様を呆然と見ていた。ハッと気づいて一気に警戒心を最大まで引き上げて再度部屋を見渡す。そして、意識を失う直前を必死に思い出そうとする。

 ……そうだ、俺は城下町の商店を回っている途中、露天商人の男と値引き交渉している時に、突然後ろから何かの衝撃を受けて気を失ったようだ。

 本当に突然だったので、誰からの攻撃か分からない。考えられる可能性として、どこかの敵対している組織に捕まったのかと思ったが、部屋を見渡して見るとベッドが置かれた部屋の内装や調度品を見ると、とても牢屋の中には見えないし、服も着せられたまま身体も自由にされている。それどころか俺の身体は丁重に扱われているようだった。

 部屋の隅に全身を映せるような大きな鏡を見つけた俺は、今の自分の身体の状態をしっかり見て確認するために、ベッドから降りることにした。丸太のようにずんぐりと太った足を苦労してベッドから下ろす。自分の身体なのに、少しの動作をするだけで疲労によって声が漏れる。
 丸太を括りつけられたように重い腰を持ち上げて立ち上がったと同時に、扉が開かれた。俺は少しビックリしながら開かれた扉の先に目線をやると、そこには見覚えのないメイド服を着た女性。しかし彼女は俺を見るなり、驚愕の顔をすると言葉を投げかけてきた。

「ルーク様! 目を覚まされましたのですね、今医者を呼んできますので、安静にしていてください! すぐに戻ってきますから!」
 俺が事情を聞こうと呼び止める前に、開いたドアもそのままで何処かへと走って行ってしまった。

 ルークとは俺のことか? それに、俺に対して恭しく対応した彼女はメイド服を身に纏っていた。ということは、ココは貴族の屋敷なのだろうか?
 いろいろな疑問が頭に浮かんだが、まずは鏡で身体を確認する事にした。

 少しの距離を歩くだけで、肺が悲鳴を上げて、肩が自然に上下して息が切れる。やっとの思いでたどり着くと、疲れで下がっていた目線を、鏡を見るために無理やり上げる。そして、俺は呆然としてしまった。


 鏡には、見たことのない肥太った醜い男が写っていた。


 頬に手を当てたり、つねったりしたが鈍い痛覚があり、間違いなく俺だった。いつの間に、こんな身体になってしまったのか。

 鏡を見た後、更に混乱しながらも部屋の中を簡単に探索して、武器に出来そうな小さなナイフのようなモノを見つけて懐に忍ばせると、俺は目を覚ましたベッドへと戻り、先ほど部屋を尋ねたメイド服の女性の帰りを待つことにした。

 部屋の内装をじっくりと観察していると、部屋の外から何人かの足音が聞こえてきた。何やら話し合っているが、耳の感覚もオカシクなっていて上手く聞き取ることが出来ない。扉が開かれた。

 真っ白なドレスを身にまとった細身で長身の女性が、先ほど部屋に来たメイド服の女性と医師と思われる格好をした老人男の二人を連れ立って部屋に入ってきた。
 長身の女性は部屋に入るなり、大声で「ルーク」という男の名を呼んだ。ドレスの女性の目線は確実に俺へと向けられていたので、どうやら俺に向かって呼びかけたので間違いないようだ。
 しかし、俺の名前はルークなどではないし、返事をするべきか迷っていると、彼女は素早く俺に歩み寄り、とうとう肩を掴んできた。

「ルーク、どうしたの? 何故返事をしてくれないのですか?」
 女性は、おそらく高貴な生まれの人間なのだろう。短い時間から、気品漂う美しい顔、見た目から威圧さえ感じさせる風格、短いながらも彼女の発した言葉使いから俺はそう判断した。ならば、彼女の機嫌をできるだけ損ねないように謙った言い方で彼女に対応することにした。

「恐れながらお聞きしたいのですが、ルークとは私のことでしょうか?」
 俺がそういった瞬間、ドレスの女性の表情が凍った。

 俺は、表情を固まらせたドレスの女性に目を向けながら今の状況を抜け出すための対処方法を考えていた。しばらく無言の時間が過ぎ、ドレスの彼女は絞りだすように、かすれた声で聞いてきた。

「私の事は覚えていないのですか……?」
 改めてドレスの女性の顔をくまなく見るが、記憶に無い女性だった。完全に見覚えがない。

「すみません、大変失礼なのですが見覚えが無いのです。良ければお名前をお聞かせ願えるでしょうか?」
 彼女に掴まれていた肩にキリキリと力が加わり、俺の肩が悲鳴を上げる。痛みに耐えて答えを待っていると、ドレス姿の彼女はサッと肩から手を離してくれた。

「ごめんなさい、少し混乱していて。……私の名前はアメリア、あなたの母親よ。……覚えはない?」
 縋るような目をして聞かれたが、やはり覚えがない。……と言うか母?
 俺は天涯孤独で家族なんて存在は居ないし、物心ついた頃から母親と父親の記憶なんてなかった。

「申し訳ありません」
 俺が頭を下げて言ったその言葉に、アメリアと名乗った女性は呻きを漏らす。

「あぁ、そんな! 神様……!」
 母親を名乗る女性の後ろで、メイド服の女性が嘆き神に祈りを捧げていた。

 アメリアがくるりと後ろに振り向くと、医師の格好をした老人に指示を出して俺はその老人の診察を受けることになった。
 診察は質問から始まり、次に魔法を全身に掛けられ状態を観察された。老人が手を止める。老人は側で不安そうに見ていたアメリアに診断結果を伝えた。

「奥様、申し訳ありません。今のところ記憶喪失という状態以外の異常を見出すことができません。魔法による何らかの影響だと考えますが、原因は特定できません。
 更に詳しく診察を行ったり、治療を施すにしても、とにかく一度は旦那様に相談する必要があります」

 半刻程の時間、俺を診察していた医師はそう締めくくった。

 老人の診察を受けながら、俺は少しずつ状況を理解していった。どうやら、俺は“ルーク”と言う貴族の息子の身体に何故か憑依している状態らしい。
 元の身体の持ち主の精神はどうなったのか、なぜ俺が“ルーク”に乗り移る事になったのかは謎だが、今のブヨブヨに肥太った身体の状態では戦闘もままならず、屋敷から逃げ出すための体力も持ちそうにないために大人しく彼らの“記憶喪失状態である”という考えに乗ることにした。

「くっ、私のルークをなんて酷い目に……。アルバート家の者か、それともリオンヌ家の者か……しかし、何故今の時期に……」
 診断結果を聞いたアメリアは、小声でぶつぶつと何やら言いながら考えを巡らせている。

 俺の状態解明にこれ以上は進展を望めないからと、アメリアと老人医師は俺に安静にしているようにと言ってから部屋を出て行った。どうやら、父親の帰宅を待つようだった。

 部屋に残ったメイド服の女性はマレットと言うらしく、甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれた。頻繁に喉は乾いていないか、お腹は空いていないかを何度も尋ねてきて、更には下の世話を行おうとしてきた。
 なんとか、彼女の行動を抑えながら俺はこの先どうするべきかについて考えを巡らせていた。

 一番の問題は、今の太った身体の状態だろう。少し動くのも贅肉が邪魔で体力もなく息が切れる。筋力もないこの身体では、今いる場所から逃げ出すことも出来ない。
 考えに考え抜いて、先ずはこの身体の贅肉を落として動けるようにしなければと今後の予定を立てる事にした。

 

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