逃げた男 元ルークの人格 後編

 市場で捕まえた見知らぬ平民の男と入れ替わった最初のうちは天国のような生活だった。入れ替わった先の身体の能力は驚くほどに高くて、身体も痩せていて見た目も良かった。そして、貴族という柵は無くなり自由に生きていけるようになった。

 

 身体を入れ替わって王都から逃げてきた時には無一文だったが、地方へと行く旅の途中に襲ってくる野盗達を返り討ちにして、彼らが持っていた財産を逆に頂くことで資金を入手していった。そのお金を合わせると、平民50人の一生を養えるぐらいの金額となった。

 俺は悪人達を打ち倒して報酬まで頂けるという状況になって、やっと異世界へと転生したという実感を感じることが出来たために非常に気分が高揚していた。

 

 目的地としていた地方のある中規模の街へと到着した俺は、旅を一旦終えた。当初は仕事でも探して生活費を稼ごうと考えていたのだが予想外の資金を手に入れることが出来たために、少しだけ遊ぶことにした。

 遊ぶと言っても異世界なので映画館やゲームセンターはもちろん無い。できることは女性と一緒にお酒を飲めるお店に行くぐらい。前世では女性との縁があまり無く、貴族時代ももちろん女性との接触はメイド達以外は殆どなかった俺は、初めてお店へ行った時に非常に緊張した。

 しかし、今の俺の顔は非常に美形で女性のウケもとても良かった。今まで体験したことのないような女性から手厚くもてなされた為に、調子に乗って遊びまくった。

 

 状況が一変したのは、ある女性がキッカケだった。

 

 いつもの様にお店で遊んでから、一人女性を連れて宿に帰る途中。宿までもう少しの所へ来た時に突然、連れていた女性が俺に向かって切りかかってきた。

「なっ!?」「チッ!」

 

 驚愕し声を漏らしながらも俺の身体は知覚する前に女性の動きに反応して、女性が持っていたナイフを蹴り飛ばすことに成功した。

 女性はナイフ以外に武器は持っていなかったのか、俺から素早く離れてコチラを睨んだ後にそのまま走り逃げていった。

 

 一体何だったんだろうか。驚きのあまり何も考えられなくなって、その日はそのまま宿へ帰って寝てしまった。

 

 それから、度々襲撃を受けるようになった。あるときは中年の男だったり、若い女性だったり、終いには子供にまで攻撃をされるようになった。彼らは素早く攻撃してきて、失敗と判断したら直ぐに逃げるために、敵は一体誰なのか、全員で何人いるのか、何のために俺を狙うのか目的を掴めないでいた。

 

 幸い襲撃があっても身体が攻撃を受けないように動いてくれるために、彼らの攻撃を怪我を負わずになんとか防ぐことができていたが、精神的なダメージを負っていった。度重なる襲撃に対してストレスが溜まっていき恐怖で夜寝られないようになったために、気に入っていた街を離れる事にした。しかし、その判断は大きな間違いだった。

 

 街を離れて、襲撃者達から逃げようと旅を続けていくうちにどんどん襲撃の回数が増えていった。街を離れたために、彼らは人目を気にする必要が無くなったのだろう。朝昼晩関係なく襲ってくるようになった。

 

 何度か襲撃を防いでいるうちに、俺は襲撃者の手がかりを見つけることに成功した。それは、ある貴族が関係していた。詳しく調べてみると、どうやら以前の旅で返り討ちにした盗賊たちと貴族との間に繋がりがあって、盗賊の持っていた財宝が実は貴族のものだった為に、その貴族の物を盗みとった俺に対して報復しているとの事だった。

 

 俺は怒り狂う心を沈めて、その貴族の屋敷へと忍び込んだ。警備は厳重だったが、怒りに任せて突撃していった。襲撃者を送り込んできた貴族を討ち止めた俺は、目的達成の代償に顔に大きな傷を負うことになった。

 

 それから襲撃は止まったが、顔に怪我を負いストレスによる過食で肥満になっていく体型。生活を進めていくうちに以前の状態からは見るも無残な様子となっていった。

 

 そんな時に、あるウワサを聞いた。それは俺がかつて貴族として生きていた王国が危機に晒されているということ。逃げてきてよかったとその時は思っていた。しかしウワサで聞いていた状況は一変。

 なんと、攻め入っていた軍隊が返り討ち。そして、返り討ちを果たしたロートリンゲン家のルークという息子が英雄となって、王国で褒め称えられているらしい。

 

 どういう経緯でそんな事になったのか分からなかったが、一つだけ言えることがあった。その場所は俺のものだという事。

俺がロートリンゲン家の貴族だったのだ。あの時に、ただの平民と身体を入れ替えて生きていくなんて間違っていたんだ。間違いは正さなければならない。

 

 俺は直ぐに王国へ帰ることにした。王国へ帰って、かつての身体を取り戻すんだ。王国から逃げ出した時に比べて王国へ帰る旅は非常に過酷だったが、貴族としての人生を取り返す為に、この旅はあの身体に戻るための試練だと考えて耐え抜いた。

 

 王都へ到着した俺は、ロートリンゲン家の屋敷へと向かっていった。ただひとつの目的、かつての俺の身体を取り戻すため。

 

 ロートリンゲン家の屋敷の門前までやって来た俺だったが、そこの警備兵に止められてしまった。俺は彼らに身体を入れ替えた所から今までの全ての説明をしたが理解してもらえずに牢屋にぶち込まれてしまった。

 

 長旅によって草臥れた服。ボロボロの醜い身体。汚れきった顔。今の格好から、捕まってしまうのは当然だと理解は出来た。しかし、かつて主人だった人間に対しての理不尽な扱いであることに納得ができず怒りが爆発していた。

 何故俺がこんな目に合わなければならないんだ!

 俺はもう貴族としての人生に戻れないのだろうか……。

 

 そして、頭のなかにはある言葉が思い浮かんでいた。

 

 異世界への転生なんて碌なものではなかったと。

 

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