第06話 もう一人の魔者

 翌朝、起きると見慣れない風景が目に飛び込んできた。そういえば、と経緯をすぐに思い出して実情を把握する。

 昨日はミヨさんという女の子と出会って、家に泊めてもらったんだと記憶を振り返りながら、ベッドから上体を起こす。

 視線を横にズラすが、そこには誰も居ない。ベッドの上には、俺だけしか居なかった。昨日の夜に一緒のベッドで横になった彼女が、今は横には居なかった。先に起き出して何処かに行ったのだろうか、と推測する。

 ミヨさんが居ないことで、昨日の出来事は本当に有った事なのか一瞬疑問に思ったけれど、寝る前のやり取りはハッキリと覚えていたし、眠りに落ちる直前も確かに横に居た事を感じていた。そう思い出しつつ、俺はベッドの縁から足を投げ出して、ベッドの縁に座った。

 しかし、よくよく考えれば出会ったばかりの女性に対して、一緒にベッドで寝ようなんて提案した自分の行動と言動が、あまり信じられなかった。

 ベッドが一つしか無いなら一緒に寝ようか、なんて提案がアレほどすんなりと採用されるとは思っていなかった。というか、冗談としての発言だったけれど、結果的にミヨさんに採用されてしまった。そして、冗談だと彼女に伝える前に、あれよあれよと言うままに本当に一緒に寝ることになってしまった。

「誤解、されているだろうなぁ」

 ミヨさんに、俺は出会ったばかりの女性でも簡単に一夜を共にしたがるナンパ野郎、と思われているのかもしれない。ただ、真実あのような事は人生で一度も言ったことも無いセリフだったし、女性と一緒の布団で寝るなんてものも、多分初めての体験だ。

 昨日は色々な出来事に遭遇して、自覚している以上に疲れていたから判断力が鈍っていたのか、それとも自分の根っこの部分は実は好色的だったからなのか判断に迷うところであり、もし後者の考えが正しいのならば自己嫌悪してしまう。

 朝からあまりよろしくない考えだと思いながらも、とりあえずベッドから立ち上がって部屋を出る。昨夜の事はあまり気にしないようにしよう。

 そして、建物の中に居るであろうミヨさんを探し始めた。もしかしたら、外に出ているかもしれないが、交流の浅い人間を一人家に残して留守にする事は流石に無いだろう、と考えていた。

「着替えが無いのは不便だ。風呂も入りたいが、流石に我慢か」
 思わず口に出てしまった愚痴。日本での裕福な生活が、異世界に来たことで改めて身にしみる。
 服装は着の身着のままで、替えの服もないので昨日と同じ。上はスクールシャツに、下のズボンはゴワゴワとした肌触りのスラックスを身に纏っている。今着ている服装のまま寝たのは初めてで、いつもの起床時と比べても体の感覚の違和感が半端無いけれど、眠気は残らないぐらいに深くぐっすりと寝れたみたいで、特に身体に疲れは残っていない。

 考え事をしながら二階を見回ったけれど居ないようだった。すると、彼女を探している時に、階下から人の動く音が聞こえてきた。

 階段を降りて、昨日の夕食を取った部屋に向かう途中で、台所にミヨさんが居るのを発見した。どうやら朝食を作っているようで、立ち姿の背中だけが見えたので、その背中に俺は声を掛けた。

「おはようございます、ミヨさん」
「おはよう、サトルさん」

 挨拶をすると、料理をしている手を止めてこちらにわざわざ振り返ってから、視線を合わせて返事をしてくれた。
 そして、振り返った彼女の顔を今改めて見た。そのミヨさんの綺麗な顔に、今更ながらに圧倒される。

 昨夜は既に辺りが暗くなっていたし、身体の疲れも有ったからか、彼女の容姿についてはあまり意識していなかった。しかし、改めて彼女の顔を見てみると非常に整った顔立ちをしている事に気付いた。
 人生の中でも、見たことも無いような飛び抜けた美人だった。テレビで活躍しているアイドルや女優に比べても、負けず劣らず、むしろ勝っているんじゃ無いかと思うほどに。

 目が鋭く、可愛いというよりも美人という感じで、強い女性なんだろうという印象を受ける。けれど、そんな彼女がキッチンに立って料理をしている、家庭的な雰囲気があって、そのギャップが俺の琴線に触れた。

 しかも、彼女と一緒にベッドで寝たなんて思い出してしまうと、色々と妄想が始まりそうで嬉しさよりも恥ずかしさを強く感じ、自分の顔が赤くなるのを自覚していた。

「もうすぐ、朝の料理が出来上がりますので、食べれそうなら食べてください。完成までもう少し時間がかかるので、部屋で座って待っていてください」
「あっ、ありがとうございます」

 思わずどもりながら返事をして、急いで指示された食事部屋へと向かう。

 しかし、彼女のような美人に手作りの夕食をもらい、一晩泊めてもらって、そして朝食まで用意してくれる。
 何故ミヨさんは、見知らぬ俺に対してこんなにも良くしてくれるのだろうか。昨日は、ミヨさんが、”見返りを求めて、貴方を助けてるんじゃ有りません”と言ってくれたけれど、見返りを求めても十分なくらいに世話になりっぱなしだ。

 けれど自分には、彼女に助けてもらった恩を十全に返せる何かが思い当たらない。持ち物は何もないし、彼女の助けになるような特別な技能・特技は何も思い付かない。

 何も返す事が出来ない、という申し訳無さを感じて、そしてほんのちょっぴりとした言い知れぬ怖さを感じつつ、食事部屋に行って待っていて、と言われた通りに大人しく椅子に座って待つことにした。


***


 ミヨさんが作ってくれている朝食の完成を待っている間に、少しでも彼女に何か恩を返す方法は無いか、そう考えている時だった。

「おっはよー! ミヨ!」
 突然、扉がバンと音を立てて開かれて、誰かが入ってきた。

 なんだか見た目も、服装も、行動力も元気と一目で察してしまうような女性が、片手をヨッと言うような仕草で挙げて、親しげな挨拶をしようとしていた。ミヨさんと同じような、民族衣装と思われる変わった服の色違いを着ている。ミヨさんの友人だろうか。

「あれ、ミヨじゃない。初めて見る顔だ」
 ミヨさんはまだ台所で料理中だろうか。だから、部屋には俺一人だけがポツンと椅子の上に座っている。

 そんな状況だから、早速俺の存在に気づき目をつけた彼女は、視線を俺にロックオンして近づいてきた。ミヨさんの友人だろうと察した俺は、無難に挨拶をしておく。

「どうも、初めまして。悟と申します。昨日からミヨさんにお世話になっています」
「ミヨのお客さんか。私は、テニ! よろしくね」
 快活な自己紹介。テニさんも、ミヨさんに負けず劣らずの美人だった。そう思って顔を見ていたら、騒がしかった彼女の動きがピタッと止まって、俺の顔をジーっと見つめ返された。
 もしかして、不躾に顔を見すぎて不快にさせてしまった!?

「ん? えぇ? んっー?」
 唸りながら至近距離まで近づいてきて、俺の顔を覗き込んできた。鼻がくっつきそうな距離でジロジロと、俺の眼や鼻や頬や口等を次々に観察し始めたテニさんは、何を考えているのか、そして何と答えるのか予測がつかない。

「貴方、男の人なの?」
「はい、そうですけど?」
 突然、ごくごく当たり前の事を言われて、拍子抜けた返事をする。だが、彼女にとっては当たり前ではない事らしく、目を見開いて驚いていた。

「うっそ!? 初めて男の人を見た、わたし!」
「え? あの、ちょっと。いきなり顔、触らないでください」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだから!」

 彼女が俺の頬にピトッと両手のひらをくっつけてきた。出会ってすぐに、顔を触られるなんて、コレも初めての体験だ、と戸惑いながら彼女の手の触感にドギマギしていた。
 ひんやりしたその手のひらを、スリスリと細かく動かされ頬を撫でられる。

 一体全体何なんだ!? 彼女は何をしている? 混乱して彼女になされるがままにしていた。

 しばらくして満足したのか、手のひらが顔から離されて、俺は一息つく。だが、彼女はまだ止まっていなかった。

「ミヨー! ミヨーッ! 何処!?」
「大声出さなくても聞こえてるって」

 料理を完成させ手に持って運んできたミヨさんが、部屋に入ってきて騒いでいるテニさんと名乗る女性に粗っぽく対応しながら、テーブルの上に出来上がったばかりの料理を並べていく。

「わぁ、美味しそう! ミヨ、今日は朝から豪華ね」
「いつもと変わらないわ」

 ミヨさんとテニさんの言葉のやり取りを横目で見て、どうやら結構親しい友人の様だと感じる。

「で、この男は何処から捕ってきたの?」
「違う。捕ってきてない。森で迷っていたから助けた」
「ふぅーん?」
 質問をしておきながら、ミヨさんの答えに既に興味を失ったような返事をする彼女。

 異世界に来て二人目。魔者と呼ばれているテニさんとの出会いは、こうして慌ただしく行われた。

 

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