第03話 ベッドの上で

 目が覚めたら、今度は硬い土の上ではなく、柔らかいベッドの上で横になっていた。自宅にある自分の部屋の天井のクロスではない、見覚えのない木造の天井だった。コンクリートで造られたような、病院の病室でも無さそうだ。

 今度は、一体全体どうなったんだと記憶を探ってみたら、森の中で目覚めた時とは違ってしっかりと記憶が残っていたので、経緯についてはある程度の予測ができるぐらいの状態だった。

 たしか、白い獣の背に乗せてもらって、カモフラージュされた建物の前に連れて来られた。その建物の中から出てきた女の子を見て、急激な眠気に襲われたんだったか。最後には、気を失うように倒れて眠ってしまった。
 眠ってしまった俺を、あの建物の中に運び込んでくれたのだろうか。

 あんなに不意に来る眠気を今まで感じた事はなかったし、立った状態から倒れるように眠ってしまった事も、初めての経験だった。
 見知らぬ森の中で目を覚ました事、記憶も曖昧なまま不安を感じながら森をさまよった事、そして白い獣との遭遇。それらの出来事によって、自分は思っていた以上に疲れてが溜まっていたのか、それとも見知らぬ場所に不安や危機感で精神が張り詰めていたから、人と出会って緊張が一気に緩んでしまったからなのか。


 そして、何故か俺は全裸になっていた事に気付いた。ベッドに手をついて上半身を起こしたら、掛かっていたシーツがずれた為に、上に学ランもシャツも何も着ていないことに気付いた。下半身にも違和感を感じたので、急いでシーツをめくって見てみるとズボンもパンツも履いていなかった。

 一体、誰に脱がされたのか。気になりつつ辺りを見回すと、ベッドのすぐ側に置いてあるサイドテーブル、その上に綺麗に折りたたまれた俺の服が有ったので手に取る。

 ベッドから全裸のまま降りて、手に取ったパンツをグイとゴムを広げて、足を通そうとした所で気がついた。

 俺の視線の先には、地べたに正座をしてこちらを凝視している女の子。気絶するように眠ってしまう前、カモフラージュされた建物から出てきた女の子だ。
 気づいていないまま着替えを始めようとして、その女の子に全裸をバッチリ見られてしまった。

 慌てず騒がず冷静を装いながら、手に持っていたパンツだけ素早く履く。彼女にはまだ声を掛けずに無言のまま。他の衣類は身につけず、すぐにベッドに戻った。そうしてから、シーツに包まって首から下の身体を隠して、俺を凝視している女の子にようやく問いかける。

「何で居るんですか?」
 助けてくれた人なのかもしれず、いきなり失礼かもしれないと思ったけれど、そう言わずにはいられなかった。

「申し訳ございませんでしたッ!」

 問いかけの答えとは違う、謝罪が返ってきた。しかも、地面に頭をこすりつけ背を低くして、土下座の形だった。何に対してなのか、意味もわからないままに女の子を土下座させるなんて、罪悪感が凄い。

「ちょ、ちょっと、頭を上げて! 訳が分からないから、説明してください。何に対して謝ってるんですか?」
 彼女は、恐る恐ると言った感じで頭を上げた。そして、話し始めた。

「ジーニ、あの真っ白毛のトウラが連れてきた貴方を、ただの人間だと思って。私は顔を見られたと思ったから、眠らせて記憶を消してから森の外に出そうと考えていました。けれど、あなたが男性なのに気付いて、それで……」
「は、はぁ?」
 女の子の言葉が途切れる。説明してくれている事を聞いても、意味が分からなかった。

 ジーニとは、あの白い獣の名前だろう。しかし、眠らせて? 記憶を消して? 俺が男だったから? とりあえず、こちらから質問をして状況把握を務める事に。

「教えて下さい。ココは何処なんですか?」
「……アルパンの近くにある森、その森の中にある私の家です」
「アルパン? 都道府県で言ったら何処になるんですか?」
「とどうふけん? 私の知らない土地の表し方で、どう説明したら良いのかわからないです。申し訳ありません」
「あ! 良いんです、大丈夫です! だから、頭は下げないで大丈夫ですから!」

 目の前の女の子は、見た目は外国人のような容姿をしているが、綺麗な声で流暢な日本語を話している。なのに、都道府県が通じないというチグハグな状態だ。もしかして、今居る場所は、日本ではないのか。更に突っ込んで、質問を繰り返す。

「ココって、日本じゃないんですか?」
「にほん?」
「国の名前です。聞き覚えは無いですか?」
「私達が今居る国は、ヴォルトゥトゥスと呼ばれています。”にほん”という国の名は、聞いたことが無いです」
「ヴ、ヴォルトゥトゥス、ですか?」
「はい、そうです」

 お互いがお互いの国の名前を認識していなかった。ヴォルトゥトゥスなんて国の名に、一切の聞き覚えはなかった。俺は世界の国の名を全て完璧に覚えていない訳ではないから、知らないだけなのかもしれないけれど、割と特徴的だと思う名前なのに全く聞き覚えの無い、僅かでも感じる事が無いなんてあり得るだろうか。


 そして、俺の頭の中に唐突に荒唐無稽な考えが浮かんで、ゾッとするような、背筋が凍るような寒気を感じた。

 見た目は死を覚悟させるような獰猛な動物に見えるのに、人懐こくて人の言葉を理解しているような様子を見せる獣。
 聞き覚えのない国の名前や、土地の名前。
 目を覚ましたら見知らぬ土地に居た、という現実離れした展開の数々。
 
 俺の頭の中に、異世界という言葉が浮かんでいた。

 

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