第02話 森の中の少女

 森の中をさまよった結果、突然に遭遇してしまった白いトラのように見える獣。

 その獣に対して俺は、打つ手もなく目をつぶって現実逃避するしか無かった。現代日本に、あんな大きなトラが自由に闊歩しているなんておかしい。そもそも、装備も道具もなく山の中に居る自分もオカシイ。つまり、今は現実じゃない。

 閉じた目を、再び開いた時には夢から覚めて、いつも通りに自宅のベッドの上で目が覚める。そして、いつもの日常が始まる。そう期待して。

 だがしかし、目をつぶった所で現状が変わる様子は無かった。

 むしろ、目を閉じたことで巨大な獣の圧迫されるような存在感を肌で感じてしまい、ドシリドシリと獣が歩くたびに大きな音が耳に入ってくることで、徐々に獣が近づいてきている事を強制的に理解させられ、恐怖が最大限に高まった。

 徐々に近づいてくる獣の様子を肌で感じて、閉じた目の暗闇に耐え切れずに、すぐに目を開けてしまう。
 けれど状況は、さらに最悪へと向かっていた。

 もう手を伸ばしたら届いてしまうという距離まで、その白い獣がズイと近づいて来ていたから。更に、獣が口を大きく開けているのが視界に入った。

 閉じていた目を、開いた次の瞬間に悲鳴を上げそうになったが、俺の口からは空気の漏れる音しか出なかった。と言うか、肝を潰して声も出なかったという方が正しいか。

 獣の口の上あごに生えている2本の歯、その鋭く尖った牙が妙に目についた。あの牙が、俺の頭にガブリと突き立てられるのだろうか。そうしたら、俺は獣に食われて生涯を終える。そういう未来を、予想してしまった。


 だが、俺が想像したような最悪な未来は予想に反して訪れなかった。何故か、その獣はザラザラとした舌を伸ばして、俺の顔を舐めだした。

「え?」
 獣の予想外の行動によって俺の口から、まさに呆気にとられたという声が無意識に出ていた。
 そして不思議なことに、獣の舌で舐められるという行動によって目の前に居る獣は俺を食べるつもりは無い事を何とは無しに理解して、先程まで感じていた恐怖や不安がスーッと一気に消えた。

「俺を食わないのか?」
 感じていた獣への抵抗も無くなって、ごくごく自然に犬猫を撫でる様な感覚と同じように、巨大な獣の頭頂部に手を当て撫でながら問いかける。
 すると、獣がグルルゥと喉を鳴らして、その後に問いかけを肯定するかのように頷いて見えた。

「危害を加えないのか?」
 再度問いかけると、獣の舌がペロリと俺の顔を再び舐めた。その通りだ、と主張するかのような仕草。問いかけの反応を見ると、どうやら俺の発する言葉の意味を理解しているようだった。


***

 その後に白い獣は、俺に向かって背に乗れと言わんばかりに身体を前傾姿勢にしたので、そのまま背に乗せてもらった。すると、白い獣は歩き出したので、目的も分からないまま何処かへと連れて行ってもらう事になった。

 白い獣の背に乗って、少しゴワゴワとした固めの毛をの感触を足や腕、顔にも感じつつ、身体全体で白い獣の背中からずり落ちないように捕まっていた。その様子を傍から見るような想像をすると、昔見たアニメ映画の1シーンを思い出したりしながら、白い獣にしがみついて到着するのを待った。


 しばらく歩いて元の道も分からなくなるぐらいの頃、まだ抜けない森の中で突然立ち止まった白い獣。

「ココで到着か?」
「グルルルルルゥ」
 どうやら、肯定という意味を示すと思う唸り声を返される。そして、白い獣は再び前傾姿勢になって、ココで背から下りろと指示される。すぐ俺が背から降りると、白い獣は犬のような遠吠えを行った。

 一体何があるのだろうか。辺りは樹に囲まれた何の変哲もない森にしか見えない。と観察を続けていると、目の前にカモフラージュされている小さな建物がある事に気付いた。

 深緑色に塗られた屋根や、茶色で作られている外壁、その壁には蔦が絡まったりしていて、遠くからなら一瞬見ただけでは見逃してしまいそうな外観をしている。
 
 だが近寄っていけば、その建物の存在なら節穴でない限りは気付けるぐらいの見た目をしていると思う。 
 白い獣の背に乗って到着した瞬間には、その存在に気付けずに居た。単純に見逃していた? そういえば、横に座った白の獣が遠吠えをした後から見えるようになったような……。

 考え事をしていると、目の前にある建物の扉がバンと音を立てて開かれた。

「ジーニ、一体何処に行っていたんだ」

 扉を開いて中から出てきたのは、女の子だった。年は、見た目は10代の学生だろうと思う。流暢な日本語を話している様子だが、顔や髪の色を見た限りでは日本人では無いように見える。
 彼女の顔は彫りの深く、目鼻立ちがクッキリとした美人だった。髪の毛の色も、太陽光に照らされキラキラと輝く白金。遠くから見た限りでは、髪に傷みはなく染めたりしていない天然の物だと思う。

 森の中に、ひっそりとしている建物の中から出てくる人物の先入観から、屈強な山男のような人が出てくるのでは、と思っていた。けれど、蓋を開けてみれば俺と同い年位の女の子。少し意外で、驚いていた。

 彼女の身に着けている衣装も見慣れた洋服ではなく、民族衣装と呼ばれるような物なのか、特徴的な装飾を首元や袖に色々と施された、一般的にワンピースに分類されるような上下が一体となった服を身にまとっている。

 ゆっくりと歩いて近づいて来る少女は、ジーニと呼んだ白い獣にしか視線を向けず、俺に気付いている様子は無かった。
 すると、白い獣がグルルァと小さく女の子に向けて吠えてから、次に俺の方に視線を向けた。視線をたどる先に立っている俺を見て、ようやく彼女は俺の存在に気付いたようだった。

「キミは……?」
「あっ、俺は」

 立ち止まり怪訝な顔をした女の子に対して、怪しいものではないと主張するため、自己紹介と自分でわかっている範囲での経緯を答えようとした瞬間、いきなり何故か眠気が襲ってきた。

「あ、あれ?」
 頭がフラフラ。まぶたが自分の意志とは関係なく、閉じようとする。そして、膝がガクッと力が抜けて身体が倒れてしまう。白い獣の横っ腹が、視界いっぱいに。そのままぶつかりそうになる瞬間、俺の意識はプツンと切れてしまった。

 

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