第01話 不思議な森の中

 気がついた時には、何故か見知らぬ森の中に倒れていた。

 森の中で倒れていた経緯が分からない俺は、すぐにその状況を理解できないままにゴロンと横になったまま。
 目線は上に、木の葉の間から見える青い空を見上げて暫く考えて見たけれど、やっぱり分からないまま。

 とりあえず横になっていた身体を起こして、その場にあぐらをかいて座ってみた。そうして、首を動かし辺りをキョロキョロと見回してみるが、樹に草に土の地面だけしか見当たらない。座ったままで目線が低くて草も生い茂っていて先が見通せないが、遠くの方まで森が続いているのは見える。

 家の近所には、こんなにも緑豊かな公園やら森林は無かった筈で、周りを見ただけでは自分の居場所が特定できなかった。もしかしたら、想像しているよりもかなり遠くまで来ているのだろうか。しかし、何時の間に? 何故?

 辺りはしんと静まり返っていて、季節は夏なのに顔に当たる空気は冷たく感じていた。スッと爽やかになる森特有の匂いを感じて、耳を澄ませば、時折チャッチャッチャッという鳥の鳴く声なのか何か分からない音が遠くの方から聞こえてきたり、ザワザワザワと風で木の葉が揺られて鳴っている音が聞こえてきた。非常に気分が落ち着くような、神聖な気持ちになるれるような空間が広がっていた。

 辺りを見回した限りでは、近くに自分以外に人が見当たらないし気配すらしない。

 左右に降っていた視線を、今度は上に。空を見上げたら、寝転んで見たのと同じように、木々に生える葉っぱの間から青空が見えた。正確な時間は分からないけれど、夕方や夜で無いことだけは分かった。

 夢の中に居るのでは無いかと疑った時のお決まりとして、自分の頬をグイッとつまんでひねってみたけれど、つねった部分が痛くなっただけで状況に変化はない。どうやら、夢では無いらしい。

「ん~?」

 地面に座ったまま、腕を組んでうねる。何故、俺は森のなかに居たのか、しかも倒れて横になっていたのか、そして見たことの無いココは何処なのか。

 思い出せる限りに思い出してみる。

 いつもの様に学校に行って、いつもの様に授業を受けて勉強して、いつもの様に部活に参加して、部活仲間と帰る途中だった。

 帰宅の途中までで友人たちと別れて、もうすぐ家に到着するという頃。一人になって無言のままに、色々と考え事をしながら歩いていた。部活が無い日に入っている、バイトの給料日が近くて、陸上部だった俺は新しいスポーツシューズが欲しいな、と自分の足元を見て新しい物を買おうか検討していた。
 という所までの記憶は有る。

 だが、それからの記憶を辿ってみるが答えは出てこない。多分この後に何か起こって、この場所に連れてこられたと考えてみるけれど……。
 それとも、今思い出した記憶は見当違いな経緯でこの場所にいるのか?

 改めて今の自分の姿を見てみると、黒色のの学ランに、少し汚れた青のランニングシューズという格好。学校、部活帰りの途中で記憶通りの何時もの服装。明らかに森の中に居るには似つかわしくない、というような身なりだった。

 俺は誘拐されたのだろうか、と思い至った。けれど、今座っている場所の周りには誘拐犯と思われる人は居ない。身体を拘束されてもいない、自由に動ける状態だった。
 そもそも、ウチは一般家庭で取れる身代金もたかが知れていると思う。俺を、誘拐の目的とするようなメリットが思い付かない。

 近くに誰か人さえ居たら、いの一番に質問して解説を要求しているのに、人が見当たらないからソレも出来ない。

 格好から考えるとハイキングに来て、道中で足を踏み外してから、坂を転げ落ちて地面か石かに頭を打って記憶喪失した、という訳でも無さそうだ。

 そして、ようやく気付いた。肩に背負っていたハズの荷物は見当たらない。学ランのポケットに仕舞っていた財布やスマートフォンも失くしてしまったようだ。無一文で着の身着のまま、俺は森の中に居る。

「一体、どうしろっていうんだ?」
 声に出して自分自身に聞いてみたけれど、何も納得の行くような答えは浮かばなかった。


 こんな場所で考えていても仕方ないか、と思って組んでいた腕を解き立ち上がる。色々と謎は解けないままだったけれど、とにかく自分が今いる場所は何処かという事を知るために、足を動かし人を探して情報を集めよう。

 情報が何一つ無いので、勘に頼って町が有りそうだなと思う方向を適当に決めてから、俺は歩き出した。


***


 不用意に歩き出してしまった事を、10分後には後悔していた。

 俺の目の前には今、グルルと低く唸るトラのように見える巨大な白い獣が居た。大きさは目測で4メートルを超えるように見える大型で、猫のような三角の耳が頭の上にあり、鼻と口の周りには立派なヒゲがピンと広がっている。そして、肉食動物特有のシャープな瞳が俺を射抜いていた。

 その瞳から放たれる鋭い眼光によって、俺はその獣から一瞬でも目を離し、背を向けて逃げ出すという事は出来そうに無かった。コンマ一秒でも目を離した次の瞬間には、飛びかかってくるのではないか、警戒し心臓がドクドクと緊張を感じていたからだ。

 そしてもう一つ、緊張と恐怖によって足が地面に根を張ったように動かなくなっていた。つまり、後ずさりする事すら出来ずに直立不動となって逃げ出せず、という状態。

 こうなった経緯について。行き先を決めず勘を頼りに足場の悪い道を無理やり進んで行って、視界も悪いままにもなんとか進んでいると、突然広場となっている場所に出てきた。小休憩できると気を抜いた瞬間に、視界の端に何か白い大きなものが見えた。

 何かな? と気になって目を向け近づこうとしたら、横たわっていた巨大な獣が立ち上がろう、という瞬間だった。

 一瞬で俺の頭は混乱して、見た状況を一体何なのかすぐには理解できなかった。けれど、獣が四足で立ち上がり瞳が完全に俺の方を向いた事で、動物であり肉食のようだという認識が働いた。そして、警戒心が遅れてやってきた。

 巨大な獣に今にも食い殺されるのではないか? こんな状況になって、なんとか生き残る術が無いか頭を働かせるが、案の定何も思いつかなかった。そして、何でこんな事になったのかという疑問と後悔だけが、思考を占めていった。不用意に歩いまわらずに、救助を待ってあの場所に留まっている方が安全だった。

 こんな訳のわからない場所で、訳のわからない白い獣に襲われるという状況。現代の日本では動物園以外では普通お目にかかれない、かかりたくない巨大な獣が目の前に。そして、このあり得ない状況について、現実では無いのだという結論に俺は至った。

 つまり、見たことの無い森も、頬を抓った痛みも、目の前に居る巨大な獣も現実ではない。
 改めてコレは夢だと思いながらゆっくりと目を閉じた。再び目を開いた時にどうか、自分の部屋で目を覚ましていることを期待して。

 

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