閑話09 青地家の家族

「おじゃまします」
「おう、はよ上がりぃや」

 レッスンで知り合った赤井賢人と青地剛輝の二人は、アイドルとしての能力を競い合うライバルだったが、普段は仲良くしていて友人でもあった。

 そして今日は、初めて賢人が剛輝の家に招かれて遊びに来た日だった。剛輝が新しいゲーム機を買ったという事で、見せてもらうために訪れたのだ。

「いらっしゃい」
「剛輝くんのお母さん、おじゃましてます」

 玄関で出迎えてくれたのは、剛輝の母親だった。見た目が幸薄そうではあるが、とても美人な女性で賢人は内心少し驚いていた。さすが剛輝の母親だ、と一目見て思えるようなぐらいの美貌の人だったから。

 だが驚いたことについては表情にも出さず、礼儀正しく振る舞えるよう心がけながら挨拶を返す。

「なぁ、兄ちゃん。だれ、その人」
「一緒にゲームしよ! ゲーム!」

 家の中から男の子二人が、大騒ぎしてやって来た。そして剛輝にまとわりつくように身体を寄せて、口々に言っている。

 そんな彼らの後ろにある扉の影にも、隠れるようにしているもう1人の男の子が立っていた。どうやら、彼ら3人が剛輝の言っていた弟達だろうと察したた賢人。

「うるさい、あっち行っとけ」

 シッシッと手を降って、まとわりついてくる弟たちを追い払う剛輝。その微笑ましい様子に賢人が笑みを浮かべた。

「元気な弟達だね」
「うるさいだけや」

 一人っ子の賢人にとっては今の剛輝達のじゃれ合いを目にすると、兄弟がいると言う事に羨ましさを感じていた。まぁ兄弟が居たら居たで、今の剛輝の様に鬱陶しく思ってしまうかも知れないけれど。というような事を心の中で思っている賢人。

「ほら、こっちの部屋にゲーム機が置いてあんねん」

 剛輝に案内されて食事できるテーブルとブラウン管のテレビが置かれたリビングに連れて行かれる賢人。リビング以外の部屋は、後は台所とトイレに風呂、そして寝室が1部屋のみ。5人が住むのには少々手狭であり、部屋も古めに見える団地だった。

 リビングに置かれているゲーム機は、実は剛輝の弟達が欲しがっていた為に買ったものである。アイドル訓練生として仕事をこなし給料を貰えるようになった剛輝が買って、今は家族皆で楽しんでいる。

「じゃあ、早速対戦ゲームで勝負や」
「テレビゲームをするのは、初めてなんだけどなぁ」

 正確に言えば、賢人は何十年か前にゲームをやった事はある。でも遥か遠い昔の、次元さえ超えた過去の事であり、今の人生では遊んだことは無かったので、初めてとも言っても間違いではなかった。

 一方、彼に比べるとテレビゲームをプレイした経験が少しだけある剛輝が、賢人に勝負を挑んでいった。

「うわ、難しい」
「そのままやったら、負けちまうぜえ」

 案の定、賢人はコントローラーで操作する方法を把握するのに時間の掛かって、キャラクターを動かせるようになる前に、剛輝からKOされて負けてしまった。

「よっしゃ勝ちや!」
「負けてしまった」

 どんな事でも賢人に対抗心を燃やして勝ちに行く剛輝は、ゲームであっても勝てたという事実を非常に喜んだ。

 一方で、勝敗にあまりこだわってなかった賢人は負けても悔しがらず、剛輝の喜びように苦笑している。そう言えば、何かで競い合って負けたのはコレが初めてかもしれないと思いつつ。

「もう一回、勝負や」
「いいよ。次は負けないよ」

 賢人はテレビゲームの勝敗にはこだわらなかったが、だからと何もしないで負けるつもりもない。操作方法把握して勝つためのコツを探りながら、徐々に上達していってゲームを楽しんだ。

 しばらくゲームをプレイしていったら、賢人と剛輝の二人の腕前にはあまり差が無くなっていた。

「便所に行ってくるわ」
「うん」

 ゲームが中断できる場面で、唐突に立ち上がってトイレに行ってしまった剛輝。手持ち無沙汰になった賢人は何気なく部屋の中を見回していると、トコトコトコと小さな女の子が近づいてきた。

「こんにちは」
「はい、こんにちは」

 ペコリと賢人の前に立ち頭を下げて挨拶をする2歳ぐらいの幼い女の子。この子が、剛輝の妹かと思いながら賢人は返事をした。

「にいちゃん、友達?」
「うん、剛輝くんの友達だよ」

 賢人は指差されながら少し拙い言葉遣いで質問される。意味はしっかりと理解できる話し言葉だったので、そうだよと肯定の返事をする。すると、女の子が賢人の目の前に腕を差し出した。

「あんな、これあげる」
「いいの? ありがとう」

 手渡されたのは、ラムネのお菓子だった。お礼を言って受け取ると、女の子はまたトコトコトコと隣の部屋に走って行ってしまった。

「よっしゃ、続きを遊ぼう」

 剛輝の妹と入れ替わりに、トイレから戻ってきた彼と再び対戦ゲームをプレイして勝敗を競う。結局、賢人が家に帰る時間までゲームをして遊んだ。

「もうそろそろ、帰るよ」
「そうか、んじゃまた明日な」

 ゲームに夢中になっている剛輝にアッサリとした分かれの言葉で送り出された賢人は、じぁあねと言い残して玄関に1人で歩いて行く。

「賢人くん」
「あ、剛輝くんのお母さん。今日はお邪魔しました」

 呼び止められて気づいた、剛輝の母親の姿に気がついて頭を下げて帰りの挨拶をする賢人。小学生なのに礼儀正しい賢人の振る舞いと言葉に驚く母親は、しかし彼を呼び止めた目的を果たすために少しだけ賢人と会話を続けた。

「うちの子と友だちになってくれて、本当にありがとう」

 剛輝が自宅に友達を呼んで連れてくるという行動は、初めての出来事だった。今までは小さい団地の家に友人を呼ぶのを遠慮していたからなのか、家に呼ぶまでの親しい友人が居ないからなのか、それとも母子家庭である事を隠すためなのか。

 色々と理由を考えて悩んでいたけれど、今日は赤井賢人と言う友人を家に連れてきた事に安堵していた。そして、仲よさげな雰囲気で二人が楽しそうに遊んでいる姿を見て、ふうと胸をなでおろした。だから、賢人という友人の存在にとても感謝していた。

「いえ、全然! こちらこそ、ありがとうございます」

 お礼を言われる程の事もしていないのにと思いつつ、剛輝の母親に向けて返事をする。

「これからも仲良くしてあげてね」
「もちろん、よろこんで!」