閑話07 目の当たりにした才能・後編

「案内ありがとうございました。山北さん」
「いや、いいんだよ。それよりも、寺嶋さんに褒められるなんて凄いな君は」

 その言葉は、上辺だけではない僕の本心だった。寺嶋さんに褒められている人なんて僕の見た限りで言えば両手で数える程しか居ない。そして褒められた人は、のちにアイドルデビューしてしっかりと実績を残している人達だった。

「あの寺嶋さんに褒められたんだ、君は絶対将来大物に成るよ」

 それに比べて僕なんかは、そう考えるとドンドンとドツボにはまるように弱気になってしまう。なんで自分には彼のような才能がなかったのだろうか、羨ましいかぎりだ。考えても仕方のないけれど、考えてしまう。心がカチカチと凍ってしまう思考。

 控室に戻ってくると、また目にしてしまうダラダラとしているバックダンサー達。彼らのリーダーを任せられたのに僕は何をやっているのかと、反省ばかりしている。

「バックダンサーの皆さん、お疲れ様です」

 そう言って控室に入ってきたのは、本日のライブでメインを務めるBeyond Boysのリーダー。今までライブ前にこうやって控室へ入ってきた事なんて無かったのに、突然どうしたのだろうかと内心ドキドキしていると彼の目的は新人の赤井くんだった。

「赤井くんって、居るかい?」
「ん? ……あ、はい。僕です」

 またしても彼か。しかも名前まで認識されて、呼び出されている。いや、知られているのも仕方のないと思えるような能力を、凄く若いうちから身に着けている。そりゃ、寺嶋さんに彼に、と誰からも興味を持たれて注目される事だろう。

 そしてBeyond Boysのリーダーは赤井くんだけと会話して褒めて、後はおざなりに控室から帰っていった。

 褒められた赤井くんも、特に興奮するでもなく周りに言いふらすでもなく、あの若さで余裕の態度に見える様子でライブの開始を待っている。あの落ち着きぶりと度胸は一体何なんだろうと、理不尽な怒りさえ湧いてくる。いや、これは嫉妬なのだろう。

「リハーサル、お願いします!」

 スタッフがやって来たことで、ようやく動き出せる。控室で待機しているだけではネガティブな思考だけが頭に思う浮かんで、悪い方悪い方にと自分の考えが行ってしまうそうだった。

 控室を出ようとした時に偶然目に入った光景。新人の赤井くんが、4年目の先輩である新道佑典に詰め寄られている姿。

 そして、他にもバックダンサー数人が立ちはだかるようにして進路の邪魔をしている。そして新道が赤井くんの耳元で何かを呟いているのが見えたが、何を言ったのかは聞こえない。

 すぐさま新道達は赤井くんから離れて、控室を出ていく。その様子を見計らって僕は急いで赤井くんに近づき事情を聴き込んだ。なんで自分は、赤井くんが何かをされている時に飛び込んで止めなかったのか、という後悔は忘れるようにして。

「赤井くん、大丈夫だった?」
「? 何がですか?」

 そう尋ねたが、本当に何もなかったという風に返してくる赤井くん。でも僕は、新道の新人に対する嫉妬からくる高圧的な態度を何度か見てきた。だから、赤井くんも新人として何か圧力を掛けるような言葉を告げられたのだろう、と思ったのだけれど違ったか。

「控室を出る時、彼らに何か言われたでしょう?」
「あぁ、そうですね。調子に乗るな、って言われました」

 あぁ、やはりと嫌な予想が当たってしまった。それは流石に、まだ小学生という赤井くんに対する態度じゃない。

「あいつら、小学生相手に何やってるんだよ……。大丈夫、僕が危害を加えないようにスタッフの人か、寺嶋さんに報告しておくから」
「あ、えっと……。はい。宜しくおねがいします」

 自分の力で解決してあげる、とは言えない。とことん勇気のない自分だから、誰かの力を借りるしか無い。と悪い方向に考えてしまうが、今は赤井くんの問題を解決するべきだろう。すぐに上の人に報告すればいい、自分の全うすべき仕事はそれだけだと考えて悪い思考を排除する。

 舞台へと到着して全体のリハーサル途中に、僕は寺嶋さんに先程の新道達と赤井くんの出来事について報告していた。

「またあいつらは、性懲りもなく……」
「赤井くんを助けてあげて下さい」
「わかった。なんとかコチラで対処しよう」

 寺嶋さんへの報告は終わった、コレで自分の仕事は完了だ。こうして全体リハーサルに集中できると思ったけれど、その時に事件が起こった。

 バッターン! と、大きな音が舞台上に響き渡る。誰かが倒れた音だ。僕は音の聞こえた方向へ目を向ける。

 すると、そこには新道が舞台の上に倒れて呻いている姿。足に手を伸ばそうとして伸ばしきれず届いていないような、そんな中途半端な横向けに倒れた恰好。

 転んで倒れてしまったのか。赤井くんが助け起こそうとするが新道は伸ばされた腕を払って何かを喚き、足を痛めたのか苦しげにしている。

 あの新道が怪我をして、舞台上から担架で運び出されて行った。本番が始めるまで1時間しかないのに、どうやって彼が抜けた穴に対処するのだろう。今日のようなライブの規模だと代役が居ない。となると今いるメンバーが補助をしなければならない。

 首脳陣達が集まって話し合いをして、対策方法を模索している。僕はその時、無関係だと感じて何も考えずに寺嶋さん達を眺めていた。無関係、それは間違いだった。

「あの、俺今日のライブの踊りなら全曲分の振り付け覚えてます」
「なんだって?」

 赤井くんの一言に食いついた寺嶋さん達。なぜあの場面で名乗りを上げられるのか、僕には信じられなかった。そして、自分はどうすれば彼のように言い出せるように成れるか考える。

 僕が考えている間に、寺嶋さん達の話し合いは続いていく。まだ新道が抜けた穴を補強するには足りない部分があった。

「山北さんは、どうですか?」
「え?」

 突然の指名に、僕は言葉になっていない驚きの声を密かに上げていた。赤井くんからの突然の指名。一瞬、バカにされているのかと思ってしまった。

 自分なんかが手助け出来るわけがない、自分の任されている部分だけで精一杯。誰かの助けなんて出来るわけがない、とネガティブな思考が頭を駆け巡る。

「なるほど、山北か。あいつは中々真面目で能力も十分にある。おい、山北どうだ? 出来ないか?」

 寺嶋さんの言葉を聞いて、僕は呆けてしまった。”能力が十分にある”? 自分なんかが?

「えっ!? ぼ、僕ですか?」

 違う誰かが指名されているのではないかと疑って寺嶋さんに確認するように、僕は目線を向けたが真っ直ぐと寺嶋さんは僕との視線を合わせてくる。それは間違いではないようだった。

「ふ、振り付けは一応覚えています。けど、急に出番なんて……」

 あぁ、こんな土壇場で弱気な発言をしてしまった。寺嶋さんに評価してもらっていたのかもしれないのに、失望される。駄目だ駄目だ駄目だ……。

「山北さん、これはチャンスですよ。これが成功できれば、寺嶋さんや他のスタッフの評価がうなぎのぼり。デビューも近づくかもしれません」
「デビューが……近づく?」

 違う、デビューなんて関係がない。そうだ、赤井くんは僕が代役としてやっても成功すると信じている?

「何かあれば、俺が可能な限りサポートします。だからどうでしょう、挑戦してみませんか?」

 僕は赤井くんの目を見る。澄んだ綺麗な目をしていた。彼の目を逸らさず見る。すると、いつものネガティブな思考が突然鳴りを潜めて勇気が沸き起こってくるのを感じた。いや、沸き起こってくるんじゃなくて、赤井くんに注がれているような感じもある。

 自分でも理解不能な現象が起こっていた。でも、悪い気分じゃない。

 そうだ、自分よりも年下の小学生の彼にこんな事を言わせてしまっている。これは弱い自分を打ち壊すために挑戦する機会なんだ、と自分を鼓舞する。

「……わかった、やってみるよ」

 僕は精一杯だが、十分な一歩を何とか踏み出せたと思う。うん、挑戦してみよう。成功しても失敗しても、どちらの結果でも受け止められるように一生懸命に頑張るしかない。

 突然湧いてきた勇気に身を任せて、1時間後に始まるライブに向けて突然増えた出番に対応する事となった。でも、僕には既に後悔は無かった。