閑話06 目の当たりにした才能・前編

 僕は何故アイドルに成るのを目指しているのか、時々分からなくなる。オーディションに受かって、アイドル訓練生としてアビリティズ事務所に所属して8年も経っていた。それなのに一向にデビューできる機会は訪れていない。

 他のアイドル訓練生に比べたらダンスには自信があるけれど、他には特に勝っていると思える部分は無かった。こんなのでも8年間もアビリティズ事務所をクビにならず続けられたのは上等だけれど、その先の未来は全く見えなかった。

 今日もライブのバックダンサーとしての仕事を貰った。年長者だからか、集まっていたバックダンサーの中からリーダーを任されてしまった。リーダーと言っても、特にライブ中に他人と違った特別な役割や出番が有るわけでもなく、ただ雑用として演出家やスタッフの伝言をバックダンサー達に伝えるという事ぐらい。嫌だと断る意思もなく、何となくで任されることが決まってしまった。

 そしてなにより今日は新人も来るらしくて、彼のお世話を任されていた。

「今日は、ライブデビューの赤井という名の新人が来るから世話を頼む。小学生の子で、慣れない事も多いだろうからよろしく頼む。あと会場に来たら、俺のところに一度連れてきてくれ」
「はい、わかりました」

 今日のライブ責任者である総合演出家の寺嶋さんに任せると、そう言われてしまえば断ることは出来ない。自分の事だけでも精一杯なのに、小学生なんて幼い子供の面倒を見ろとは恐怖でしかない。

 小学生でバックダンサーとしてライブデビューなんて、よほどの才能の持ち主なのだろう。自分なんかが任されて失敗してしまったらどうしようか、迷惑をかければとうとう事務所もクビになるかもしれない。とネガティブ思考になってしまう。

 気持ちが落ち込んだまま控室に戻ってくる。部屋の中に居る彼らの様子を見て、心の中でため息をつく。なんで彼らはあんなに態度を悪くしても平然としていられるのだろうか理解できない。スタッフの目に入ったら、次からは呼ばれないかも知れないという危険性があるのに恐怖を感じず、態度も改めようともしない。

 そして、そんな彼らの様子を注意できない自分にも落胆する。注意するのが怖くて、声を掛けられない。この場のリーダーを任されているのに、もしかしたら後で怒られるのは自分かもしれないのに。なぜリーダーの君が彼らを注意しなかったのか。そう言われて僕の責任になるかも知れない。

 そう考えるが、かと言って彼らを注意することは怖くてできなかった。こんな臆病でなんにも出来ない性格だからこそ、僕はアイドルのデビューが出来ないのだろうとも考えるが、8年経ってしまった僕には行動を改めることは不可能だった。

 そんな風に色々な悩みを抱えて地の底の限界まで気分がズンと落ち込んでいると、誰かが控室に入ってきた。

「おはようございます、本日は宜しくおねがいします」

 大きな声で挨拶をして部屋の中を見渡す青年。だが部屋の中の誰も返事をしない。それなのに青年は怯まずに、むしろ堂々として立っている。見覚えのない人だが、凄い人だなぁと思いつつ、まさか彼が今日やって来ると聞いていた新人だろうかと思い至る。
 
 あ、ヤバイ。何かを言おうとしている彼の行動を止めるべく、僕は急いで声を掛けた。

「ご、ごめんごめん、彼らは本番前で緊張してるんだよ。怒らないであげてね」

 不和が生じないように、部屋の中の彼らを擁護しつつ新人に対応する。本当は僕も彼らの態度を悪く思っているけれど、注意できないからと庇ってしまう。

 なんでそんな事をしてしまったのだろう、もっと上手い対応が出来たかも知れないという後悔。そんな自分の感情を無視して、話を続ける。

 どうやら、彼が事前に聞いていた新人らしい。小学生だと聞いていたが背が高く堂々としている、先程の態度もしっかりとしていて本当に小学生なのかと疑ってしまう。

 寺嶋さんに指示されていた通り、一度彼を寺嶋さんの目の前に連れて行く必要があった。部屋から連れ出して歩きながら世間話をする。年の割に、でも生意気さを感じない礼儀正しい対応をしてくれて、小学生とは思えないような感じに本人に問うてしまう。本当に小学生なのか、と。

 そんな僕の質問にも怒ること無く、むしろ僕のような人間なんかを気遣って質問までして会話を続けてくれた。あぁ、こんな若いのに気立てが良くて顔もイケメンだし才能もありそうなアイドル訓練生なら、自分なんかと違ってすぐにデビューしてしまえるんだろうなと、嫉妬する気持ちに心が囚われそうになる。

「寺嶋さん! 連れてきました」
「おう、ありがとう」

 連れてきた赤井くんを、すぐに寺嶋さんに引き渡す。そして、僕はすぐさま身を引いて二人の会話を眺めていた。

 寺嶋さんに対しても堂々として受け答えしている。小学生があの寺嶋さんの姿を初見で、怯むこと無く会話している状況に驚いていた。しかも、いきなり舞台に上がって踊りを見せろと言われている。それに対しても尻込みすること無く、指示された通りに舞台上に立つ。

 赤井くんが寺嶋さんに指示された通りに踊っているのを目の当たりにして、あぁこれが才能の違いかとハッキリ理解させられた。小学生という幼さで、あれ程の技術を身に着けているのなら8年間学んできた僕をあっという間に追い越して行ってしまう。

 そして何より、僕の持っていない度胸もある。それだけで僕には超えられない高い壁だなと実感させるれた。これほどの後輩が居るのなら、自分がデビューすることは不可能だと、僅かに持っていたアイドルになるという夢も全て吹き飛んでしまったように感じた。一生をバックダンサーとして過ごすか、もしくは芸能界から足を洗うべきか……。