第09話 同期のアイドル

 休憩して待っていてと言われたけれど、特に疲れを感じていないので水分補給をした後すぐ暇になってしまった。報告してくると言っていたけれど、なんだか向こうで話し合いが始まって戻ってくる様子はない。しばらく時間がかかりそうだった。

 せっかく鏡張りのレッスン場に来たのだから、待っているだけでは勿体無いので練習はさせてもらおう。普段は感覚とイメージで自分の動きを把握しているけれど、鏡に映せばしっかりと目で見て動きを確認できる。こんな施設はありがたい。

 教えられたステップを動きながらで確認し、一人で自主練していた。うん、教えてもらった動きは問題なく覚えていたから、コレは忘れないようにしよう。

「おい」
「ん?」

 甲高く威圧するような子供の声が背中から聞こえてきたので、なんだろうと思い振り返る。するとそこには、睨みを利かせる子供、さっきから少し気になっていた少年が立っていた。

 やはりアイドル事務所に所属するだけあって、とても整った顔立ちをしている。どちらかと言うと可愛いと言うよりも精悍な顔の作りをしている少年。

 そんな彼が突然声を掛けてきた理由は一体なんだろうと、少し身構えながら少年と向かい合う。

「なんでお前だけ別なん?」

 口を開くと彼は独特なイントネーション、たぶん関西弁だと思われる訛りの言葉遣いで突然の質問をしてきた。なんなんだ一体、と思いつつ彼は同期のアイドル仲間。一応は丁寧に対応しようと笑顔を浮かべて答えてあげる。

「えっと。俺だけ別々だったのは、合格してるって事を知らせてもらうのが遅れたからだよ」
「なんで?」

 そういえば事務所の手違いだったとあの人は言っていたけれど、詳しくは聞いていないな。今更になって気になるけれど、あの後に契約やら何やらの話し合いがあって忙しかったから質問するタイミングも無かったので聞いていない。

「詳しくは聞いていないから、俺も知らないんだ」
「ふーん、そう」

 向こうから質問してきた割には、俺の答えにどうでもいいような感じで返事をする。子供の身勝手さを直接に味わう。だがそんな事は受け流して、今度は俺から気になっていたことについて質問してみる。

「こっちからも一つ、聞いていい?」
「なんや?」
「なんでずっと睨んでくるの?」
「べつに睨んでへんよ」

 特に嘘を言っている様子もなく、誤魔化そうとする訳でもなくて俺の質問にキョトンとした顔を向けてきた。あの視線は彼の癖で自覚なく睨むような目を向けてきているだけだった、とか? 

「それより、さっき教えてもらったの覚えた?」
「教えてもらったの? あぁ、うん一応覚えたよ」

 突然話題を変えて別のことを話しだされると、何を指して言っているのか分からなくなって戸惑う。何とか答えると、サッと表情を変えてしかめっ面になる少年。

「なんで、さっき来たばっかやのに覚えてんねん!」
「え? いや、教えてもらったから」
「ズルしてるんちゃうんか? 自分だけズルいで!」

 あぁ、確かに人には無い経験を駆使して手に入れた能力だからズルかもしれないなぁ。でも、今までトレーニングをして積み重ねてきた事でもあるから自惚れている訳でも無い、と思いたい。

「いや、ズルなんてしてないよ。ちゃんと教えてもらった事を、さっき覚えたんだから」
「じゃあ、コレは? 知ってる?」

 そう言って踊り始めた少年は、足の動きだけではなく手や頭も使った全身での動きでダンスする。それはまだ見覚えのない動きだった。

「それはまだ教えてもらってないなぁ」
「そうやろ! 俺が教えたろう。まずはこうすんねん」

 こう、って言われたけれど言葉による動き方の説明はない。具体的に教えてもらえないで見て覚えろスタイル、というスパルタ方法。まぁ、動きを見せてもらえればなんとなく分かるか。

「ほら、覚えたか?」
「うん大体覚えたよ」

 これは後でインストラクターに習うのかな。多分、この少年が先にレッスンを受けて習っていた動きを教えてもらえた、という事だろう。

「じゃあ、俺が教えたったからお前は二番目な。俺が一番やから」
「二番目?」

 その順位は一体どんな意味なのだろう。先程の動きを覚えた順番だろうか、それとも踊りの上手さの順位?

「俺も一緒にコッチで練習する」
「ん? 向こうにいる他の子と一緒にレッスンを受けてたんじゃなかったの?」

 突然な少年の宣言。俺は遅れてきたのが理由で別々にレッスンを受けていただけで、追いつけば向こうの集団に合流するだけ。いずれ向こうに戻るんだから、先にレッスンを受けていたほうが良いんじゃないかと思っての忠告だったが、少年は聞き入れない。というよりも、別の理由で集団から離れてきたらしい。

「あいつら俺が近づくと逃げよんねん。それに、怖がりよるし仲良くできひん」

 確かに関西弁は聞き慣れないと言葉がキツく聞こえるし、勇ましく強い視線をしている彼を怖がってしまうのは分かる。俺も怖がりはしなかったが、何事だろうと不審に思っていたから。だから、少年は向こうの集団から離れてコッチに来たのか。

「それにお前と一緒に練習したほうが、早く上手くなれんねんやろ」
「いや別に、上手くなれるかどうかは分からないけど……。というか俺は皆から遅れてきたから追いつくために別で教えてもらっているだけだよ。上達したいのなら、あっちの方が先を行っているから、あっちで教えてもらった方が良いよ」

 既に習っている部分の重複になる。そう言っても、集団の方には戻る様子のない少年に仕方なく一緒に練習をすることに。何かあったら、インストラクターの人に指示されるだろうから別にいいやと。

「そう言えば君の名前は? 俺はさっきも言ったけど赤井賢人。よろしく」
「青地剛輝(あおちごうき)。うんまぁ、よろしく」

 名前に赤のつく俺に、青がつく青地剛輝という名の少年。なんとなく縁があるのかもしれない、と感じる出会いだった。