第45話 拓海の本音

 楽器演奏の練習中に拓海から、かなり根の深そうな相談をされたので本気で向き合わないと駄目だと思い、俺も肩に掛けていたギターを下ろして拓海と向き合った。

「演技が好きじゃない、ってことは俳優としての仕事も好きじゃない?」
「実を言うと、あまり好きじゃないかなぁ」

 子役の頃からずっと今まで好きじゃないことを続けてきたというのは、本当に大変な事だろう。

 以前、仕事に関する話をして拓海から聞いていた愚痴から判断すれば相当なストレスを感じているのだろう、とは思っていたけれど。まさか、仕事の根本を拒絶していたとは。

 時々投げやりな感じになる性格や、彼の身長が今も低いのはストレスが原因かも。いま考えると、色々と気苦労を感じていたんだなぁと思える場面が何度かあった。

「それじゃあ、なんで今の仕事を続けてるの?」
「ん……、それは……」

 俺の投げかけた質問に、口に手を当てて言葉を止めた拓海。仕事を続ける理由を考えている、というよりも俺に言うべきかどうかを悩んでいる感じだった。

 俺と拓海は、まだ一年も経っていない関係ではあるけれど相当仲が良いと自負している。年の差もあるのに対等な口調で話をするし、仕事に関する話も以前から相当している。だから今、彼が言うべきかどうか迷っているのはかなり深刻な原因がある、という事だと分かる。

 答えを求めるのに焦らず、拓海が自分で話し始めるのを待っておこうと俺は黙ったまま様子を見ていた。もし話せないのなら、無理に話す必要もないからと思って。しかし、すぐさま拓海は自らの事情を語り始めた。

「ウチの親って昔は結構仲のいい夫婦だったらしいんだけど、今は別居していて離婚寸前って感じの関係なんだよね」

 拓海の家も両親の関係が、あまりよろしくないらしい。俺の身近にいる友人の剛輝も父親が蒸発したという家庭崩壊を起こしていると言うし、実は舞黒優人の家も母親が、いわゆる教育ママらしくてコミュニケーションが上手く行っていないと聞いていた。

「不仲の原因は、僕の俳優としてのギャラなんだ。賢人も聞いたことがあるかもしれないけれど、子役タレントの両親離婚率は結構高いって」
「うん、聞いたことがある」

 子供の収入でトラブルになって、その金額が高額なら問題も多いのだろう。

 子供が仕事をするには親の許可が必須で、お金の管理も親がするというような権限がある。俺は両親と話し合って、管理の大半は俺に任されていて必要な手続きがある時には手伝いをしてくれている、という感じだった。だが、拓海の場合は親に管理を完全に握られている様子。

「本当は俳優の仕事も辞めたいと思っているんだけど、母親が許可してくれなくて、ね」
「うーん。それは、また」

 どう解決するべき問題だろうか。学園祭の劇への出演をどう断るべきか、という話から一気に飛躍して拓海の深刻な現状についての話になってしまった。

 しかし、周りの環境によって演技が好きじゃなくなってしまったという拓海の気持ちは少しだが理解はできた。

「とりあえずは、両親の問題に関しては所属している事務所の人達とかマネージャーに相談して、もう少し身近な人達に事情を知ってくれる人を増やすしか無いかも。俺では、申し訳ないけれど力になれそうにない」
「まぁ確かに、それぐらいしか思いつかないかな」

 せめて同じ事務所に所属している者同士だったら何かしら出来ることがありそうだけれど、現状では出来ることは少なそうだった。それに今すぐ解決できそうな問題でもなく、長期的に取り組んでいく必要がありそうな難問。

「それから、文化祭の劇も断り方、か」
「どう断れば無難かな」

 しばらく考えて、断り方に特に理由は要らないんじゃないかな、というような結論に俺は達する。

「断るのなら、キッパリと断りますって一言を言うだけで大丈夫だよ。意外と相手は断られたことを気にはしないから、断ったからといって関係が悪化するってことも無いと思うよ」
「そうかなぁ」

 多分理由を語らないで断っても、拓海の事なら文化祭の人達は仕事が忙しいんだと勝手に判断して了解してくれるはず。だから、なるべく早めに出演を断ることを伝えれば良いだけだ。

 でも、俺は拓海に文化祭の劇に出演してみて欲しいと考えていた。先程聞いた、演じることが好きじゃない、という話を聞いてからは特に。

「拓海は、本当に文化祭の劇に出演してくれってオファーを断るの?」
「んー」

 俺が遠回しに出演してみてはどうか、という思いを拓海にぶつけてみるけれど彼は渋っている感じだった。

 せっかく売れっ子俳優としてテレビに出ているのなら、演技という仕事を嫌いなままでいてほしくない。この文化祭を通して、何か俺に出来ることは無いかと考える。

 そして拓海が自らの意思で文化祭で行われる劇に出演することが、なにかのキッカケになるんじゃないかと思って勧めてみた。

「拓海は、演技自体を本当はどう思っているのか、本当に劇に出たいか出たくないかの本心はどう?」

 周りの環境によって演技が好きじゃないというが、本質はどう思っているのだろうか。それに、本当に嫌で嫌で仕方がないのならば話を聞いた時点でキッパリと断るような判断を下すだろうと思う。

 断り方はどうすればいいのか、関係を悪化させないでいるにはどうするべきか、それを俺に相談してきた時点で本音では迷っているんじゃないかなぁ、と拓海の心理を紐解いてみる。

「……」

 俺の問いかけに、真剣に悩み始めた拓海。相談を受けたのに、更に悩ませるような事態に追い込んでしまった事は申し訳ないけれど、もう一度しっかりと考えてもらいたかったから。

「本当に楽しいって思える選択をしてみて。その選んだほうで、俺は全力で拓海サポートするよ」

 答えは本人にしか選べないから、どうするべきかを選ぶのは手助けできない。

 しかし断るのならば、断ったとしても文化祭委員の人たちとの関係を悪化させないように力添えする。そして、出演すると決めた場合も何かしら手伝えることをすべてやる。

「うーん、ちょっと考えてみるよ」

 拓海は考えて、やはり今すぐ答えは出せないと、一晩掛けて考えてからどうするのかを決めると言った。