第44話 緑間拓海の相談

「だいぶ上達してきたね」
「うん、いい感じだ」

 部屋の中に響いていた、なだらかな弦楽のメロディが止まる。俺と拓海の2人は、弾いていた楽器での演奏について上出来だと評価した。

 平日の放課後の過ごし方には、色々ある。仕事やレッスンが入っている日がほとんどだが、週に何日かは何も無い空いた日もあった。

 そんな空いた日には時間を合わせて俺と拓海の2人は集まって、楽器を弾く練習をしていた。

 出会った初日から仲良くなって、寮の部屋が隣同士でもあった俺達は結構な頻度で会っていたりした。他愛ない雑談にふけったり、仕事について相談し合ったり、今やっている楽器の練習もそうだった。

 俺がギターで、拓海がベースを弾く練習をしている。それぞれで毎日ちょっとずつ練習していた。そして大体、週2日ぐらいの頻度で集まっては2人で成果発表をする感じで演奏を見せ合ったり、一緒に練習したりしていた。

 その結果、セッションで合わせる事が出来るぐらいまでには上達していた。あとは技術をもっと磨いて何曲か習得し、人に聞かせられるレベルに到達できるようにする、というのが最近の目標でもあった。

「もうちょい上手ければ、文化祭のライブに参加するのも良かったんだけどね」
「今から参加するって考えると、やっぱり練習する時間が足りないさ」

 文化祭という行事で人前で演奏するような場面があれば、ぜひ参加できれば良かったのにと思ったけれと、拓海の言葉が正しいので納得する。

 特に拓海は売れている俳優としてドラマに映画に舞台にと、今の時点で既に色々と仕事を抱えているので、今よりも楽器の練習する時間を確保するのは難しそうだった。

 ドラマと映画に関しては少しずつ出演を減らしていると本人は語るが、連日のようにテレビに出ているのを見ると忙しそうだなと、いつも思っている。

「そういえば、拓海のクラスの出し物は何?」
「ウチは写真展かな。事前に撮影した写真を並べて飾って展示する簡単なやつ」

 一学年上の拓海も、文化祭当日は展示物をするという。

 だが、拓海が被写体となった写真なら見学者が多そうだ。それに、彼のクラスメートには他にも有名な女優や俳優も居るから、展示品でも大盛況しそうだと容易に想像がついた。

「それはいいね」
「文化祭当日は仕事がなくて暇に出来そうだから、ほんと楽で良いよ」

 拓海はベースを指弾きで地響きのような低い振動の音を掻き鳴らす。俺も会話を続けながら、ピックを使ってギターを弾く練習を続けていた。

 それから、いつものように仕事の話や学校での勉強の話。今は文化祭に関する事も話題にして話し合いをしながら練習を続けた。

 しばらくした時、拓海は突然ベースの演奏を止めてストラップを肩から外すと、楽器を地面に置いた。

「どうしたの?」
「相談があるんだけど」

 神妙な顔つきで練習を一旦ストップした拓海に問いかけると、相談があると打ち明けてきた。

「実は、文化祭実行委員の主催する劇に出てくれないかって出演要請があったんだ」
「へー、それは凄いね」

 劇を主催する文化祭実行委員が選出した人だけが出演する劇だから、声を掛けてもらえないと出ることは出来ない。だから、委員から拓海は評価されている事が分かる。

「いや、それがあまり出たくない。というか、断ろうと思って」
「え? 劇には出ないの? それは残念」

 学園で噂になるほど、文化祭実行委員が毎年のように様々なクオリティの高い本格的な劇を用意するのが恒例だった。だから、友人である彼が劇に出るのを見るのは楽しそうだと思ったけれど、本人は乗り気じゃないらしく断るつもりでいるらしい。

「去年も出てくれって頼まれたのを断ってて、今年もお願いされたのを断るのはちょっと……」
「断りづらい?」

 俺の言葉に頷いて肯定する拓海。どうやって断れば角が立たないか、というような相談だろうか。

 拓海の懸念する、二年連続で断るというのは確かに申し訳ない気持ちになりそうだし、学園での人間関係に溝が入る可能性もあって怖いから、断りづらいと思う理由は理解できる。

 頼む方も、売れっ子俳優を舞台に出演するのをお願いするのは演技力が有るってのが既に分かっているから安心だし、劇への関心も集まるだろうからからお願いするメリットが多い。

 でも、文化祭実行委員の人も拓海には断られる場合も考えて頼んでいるような気がする。連日、テレビに出演して忙しそうなのを俺も見ていたから。

「普通に仕事が忙しいから時間が無いです、って言って断ったらどう?」
「うーん、別に仕事が忙しい訳じゃないからなぁ」

 あれ、そうなのか。てっきり、仕事が忙しくて時間が無いから学園の劇の出演は断りたいんだと思っていたけれど、どうやらそうじゃないらしい。

「どうして拓海は、劇に出るのを断ろうとしてるの?」
 
 劇の出演を断る理由が分からないので、俺はそのままストレートに拓海に聞いてみた。すると、意外な答えが返ってきた。

「あー、その演技するのってあんまり好きじゃないから、出来ることなら劇も出たくないんだよね」
「え!? そうだったの?」

 子役の頃から活躍していて、今も俳優として大活躍している緑間拓海は実は演技する事が好きじゃなかったらしい。