第42話 秋の学校行事

 最近になってアイオニス事務所に所属することになった優人は、ダンスの経験が無いという事で、まずはアイドルになるためのトレーニングを受ける必要があった。

 本当ならダンスレッスンやボイストレーナー等の専門の講師を頼って学習するのが良いのだろうけれど、新しく出来たばかりのアイオニス事務所にはトレーニングに関するシステムがまだ整っていなかった為、専属で教えてくれる講師を用意するのに準備が必要だった。
 だから、優人に急いでレッスンを受けてもらおうと考えても余計に費用が掛かったり、講師の時間を合わせて確保するのに少し手間が掛かる。
 
 なのでアイドルグループの予定メンバーとして先ずは俺と剛輝が先生となって、優人につきっきりとなって、基礎から何から色々な技術を教えることになった。

 これでも長年レッスンを受けて、実践を幾度となくこなしてきた俺達は人に教えられる程度には実力もあったし、仲間となる彼のために時間を割いて交流を持つキッカケにも成るだろうからと都合も良かった。

 レッスンを始めた頃の優人は、勉強漬けの毎日を送っていた代償として運動不足であり体力も少なくて、すぐに疲れていた。それに、関節も硬くてダンスには不向きな体であった。

「痛っ! いたたたたッ! 痛いです、賢人くん!」
「優人は体が硬いね。レッスン前後には入念なストレッチが必要そうだ。お風呂上がりにもストレッチすれば効果が出るから、とにかく毎日忘れずにストレッチしようか」
「い、痛いッ。足が、足がッー!」

 こんな感じて初めてのレッスンでストレッチをしてみれば、普段の彼の様子からは考えられないぐらい大声を出して、表情も普段の無表情から変わって悶絶していた。

 ただ、頭が良い優人は記憶力も抜群で振り付けをすぐに覚えることが出来る、という特技を持っていた。

 それから彼は勉強から学んだ経験によって、予習復習の大切さを理解していたのだろう。体を動かす反復練習を嫌がることなく幾度も繰り返して、ダンスや歌の技術が上達するのは異常な程に早かった。それに応用も利いて、覚えたことを自分なりに解釈して身に付けることが出来た。

「ほら笑顔、忘れてるよ」
「はい」
「限界だったら、言ってね」
「ッはいっ!」

 最初に簡単なステップを教えた後、何度か練習を繰り返して振り付けは完璧に覚えている。ただやはり優人の課題となるのは、体力だった。

「も、もう限界ですッ」
「じゃあ一旦休憩しよう」

 とっくに優人のスタミナは切れているのを理解しながらも、優人本人から限界の申告を聞いてからレッスンを中断する。こんな風に、彼の根性はなかなかのモノだった。

 基礎的にスタミナ、技術は後から身につける事ができる。それらはもちろん大事だが、加えて精神的な強さがものをいうのがアイドルというものだった。そういう意味では、舞黒優人という人間はアイドルに非常に向いている人材だと言える。

 そして結果的に言えば身体能力はそこそこの伸びながら、ダンスの技術は順調に上がっていった。そして今までの勉強漬けだった頃とは違う、新しい事に挑戦するのが楽しめているようで、体を鍛えるのも苦もなく続けられていた優人は、すぐにスタミナも付いてくるだろう、というのがはっきりと分かった。

 こんな風にして、連日の優人に向けた俺たちのレッスンの日々は続いていた。


***


 気がつけば、一気に季節は過ぎ去って秋になっていた。結局、仕事にレッスンにとスケジュールが埋まっていて、海外に居る両親の元へと旅行する計画は残念ながら実行には移せなかった。

 ただ春から夏にかけての期間中には、新しいアイドルグループを結成するという計画を聞かされたり、グループの結成に関する予定が着々と進められていて、契約内容の話し合いやデビューシングルの制作が少しずつ始まったりと、色々な出来事が巻き起こっていた。

 そして俺が学園生活を送っている堀出学園でも、大きなイベントが一つ始まろうとしていた。それは、堀出祭と名付けられている文化祭。

 堀出学園の文化祭は学生たちで色々な出し物や制作物の発表を行う、世間でよくあるような学校行事だったが、芸能人が通っているという特殊な学校でもある。だから、文化祭の出し物は毎年有名になっているらしい。

 基本的には各クラス別に出し物を決めるのだが、学園全体で1つ出し物をするのが恒例行事となっている。その出し物というのが、劇であった。

 文化祭実行委員が、劇の内容を決めて、出演者を選出して、舞台や小道具の準備を行う事になっている。

 出演者として選出される人の中には、実際にドラマや映画、舞台で活躍していたり、出演した経験のある女優や俳優等が選ばれる場合もあって、本格的な劇が見られるという事で毎年、最も人気が出る出し物として見学者が殺到するという理由により、堀出祭は有名になっていた。

 そんな、一年に一度の大きな学校行事である文化祭の準備が始まろうとしていた。