第25話 入寮一日目の夜

 出会ってすぐ仲良くなった俺と緑間さん。一つ年が上なのに気さくに対応してくれて、初対面の俺に対して学生寮の中を案内までしてくれた。その後、一旦別れたが夕食を一緒に食べる約束をしていたので夕方になって再合流した。

「寮の食事は不味い、ってイメージがあったんですけど間違ってましたね。ココのはすごく美味しかったです」

 学校の給食に出るような薄味で美味しくない、冷めていて不味いというようなモノが出てくるかもしれないと覚悟していたが、全然そんな事はなかった。飲食店で出されても問題ないレベルで美味しくて、コレなら毎日食堂に通って食べに来るのが苦にはならないし、むしろ楽しみになる程だと思えた。

「そりゃ良かった。昔は食堂の食事はけっこう不味かったらしいけれど、クレームを言った先輩が居てすぐさま改善されたんだって。それから、味には細心の注意を払うようになったらしいよ」

 クレームを言ったという先輩の名前を聞いてみたら、俺も知っている昔から活躍する大物芸能人だった。この学生寮には過去にそんな有名人が住んでいたんだという驚きと、普通の人ならばクレームを入れてもすぐに対応してもらえるかどうか、やっぱり芸能人だからこそなのかと感じる。芸能人御用達の学園らしいエピソードだ。

 この学生寮は一般人じゃない芸能人が通っているからこそ、他にも色々と伝説的な面白そうな話が残っていそうだな。

 そんな風に他愛もない食後の語らいをして、俺と緑間さんは楽しんで過ごしていた。しばらく話していると、緑間さんがあるお願いをしてきた。

「その堅苦しい話し方は辞めていいよ。名前も下の拓海ってので呼んでくれる?」
「いいんですか?」

 緑間さんを先輩として気遣っての口調だったけれど、彼はお気に召さなかったらしい。普通な話し方をしてほしいという理由に、先輩後輩の関係よりも友人としての関係を求められているようだった。

「普通で良いよ。そっちの方が楽だし君に合ってると思う」
「うん、わかった。そうするよ」

 向こうからの要求を受けて、いつもの口調に戻して答える。正直言って今の話し方のほうが楽だし許可してくれるのなら、コッチで話すほうが気楽だ。

 俺が拓海との話し方をより親密な感じに変えると、彼の気さくさも上がって昔から仲の良かった友達のような感じになっていた。

「賢人の背の高さ、羨ましいなぁ。僕も身長がもっと欲しいよ」

 拓海は自身の背が低い原因は、子役時代にいつも夜遅くまで仕事をさせられたからだと愚痴る。拓海は中学2年生の今で、140センチしか身長が無いという。確かにそれは低い。中学1年生で既に170センチを超える背になった俺を見て、更に悔しさを感じさせてしまったようだった。

 それから仕事の休みが少ないだとか、働いた分の給料をしっかりと貰えていないとか愚痴りまくる。よほどストレスが溜まっているのか、出会ったばかりの俺に対しても仕事に関する気に入らないことを口に出して言っていた。むしろ、聞いている俺のほうが話して大丈夫なのか? と心配になるぐらい。

 拓海の様子を見た俺は、ブラック企業に務めるサラリーマンが酒を飲んで管を巻いているみたいだという感想を頭に思い浮かべた。だが、その印象は痛々しいので彼には伝えず黙っておく。

「賢人は仕事楽しい? しんどくない?」
「うーん、疲れるって思うことは少ないかな。毎日、楽しんでるよ」

 嘘偽り無く、俺はそう思っていた。あんまり自分のやりたい事について、歌いたいとか踊りたいとかの執着がないからか、どの現場でも楽しいと思ってやれているからありがたい。

「いいな。僕も役者の仕事は辞めて、賢人の居るアビリティズ事務所のオーディションを受けてアイドルを目指そうかな」
「拓海なら、ウチの事務所ならすぐ採用って言われるかも。社長がやってきて来て是非ウチに所属を! って言いそう」

 冗談ぽい口調で言う拓海の言葉の調子に乗って、事務所移籍に同意する。まあ本当に移籍しようとするのなら大変だろうけれど。

「賢人の両親は? いい人?」
「え? うん、父さんも母さんも良くしてくれてるよ」

 今度は家族についての話。拓海の口ぶりからすると、彼の両親はあまりいい人では無いのだろうかと思ったら、案の定。

「僕のところは、子役時代に大きく稼いじゃったから。それでちょっと父親と母親が喧嘩するようになって今は別居中かな」
「えーっと、それは……」

 中々に重たい内容をサラッと告げられる。子役タレントの両親が揉めてトラブルを起こす、っていう話は結構聞いたりするけれど本当なんだ。それにしても仕事の話といい、家族の話といいあけすけ過ぎる拓海に、なんと言って返すべきか言葉に詰まる。

「あー、ごめんごめん。そんなに気にしなくていいよ。今は楽しい寮生活を満喫中だし。賢人の方は両親の仲が良いのはグッドだね」
「仲が良すぎて疎外感を感じることもあるけどね。今度、両親は海外に二人きりで引越しして行っちゃうからね」

 母さんが俺と父さんを好き過ぎるのを、よく感じる。まぁ、俺と父さんの二人で母さんの好感度を分散できて都合がいい感じだったから、疎外感もたまには良いんだけれど。ただ、俺が寮生活を始めて家庭から離れることになったら、母さんの大好きという感情が父さんに集中してしまって大変そうだと思う。

「なにか楽器はやってる?」
「あー。何も、やってないかな」

 またまた話は変わって、今度は楽器についてのお話。
 
 ボイストレーニングの指導を受けた時に、音程を覚える過程でピアノコードの基本は覚えて弾き方も少しだけ学んだけれど、曲を演奏するまでには至っていない。ギターも触ったことがある程度でコードの押さえ方は知らない。音楽に関係する現場に携わる者として、楽器の演奏を一つくらいは弾けるようになっていた方が良いかもと思い至る。

「僕も楽器が弾けないんだよね。覚えたいって考えてるんだけど、よかったら一緒に練習しない?」

 そんな話の流れで結局、いい機会だからと一緒になって楽器を覚える練習することを約束する。