第02話 アイドルオーディション

 自分はやはり突発的な出来事に弱い性格なのだろうなぁ。いろいろな経験を経て耐性が付いていると思っていたけれど母親からのサプライズに、久々だけど驚かされ大慌てしてしまった。

 しばらく時間を置いてようやく落ち着く。とにかく落ち着いて、まずは椅子に座り直す。いやしかし、改めて状況を理解しても納得はできない。俺は母親を鋭く切り込むように質問を繰り返した。

「なんで黙って応募なんかしたの?」
「だって、賢人は事前に言ったら反対したでしょう?」

 うん、前もって言われていたならば絶対に反対しただろう。自分なんかがアイドルのオーディションなんて受けようと思うだけでも恥ずかしい、と感じてしまうから。そしてちょっぴりだけアイドルになった自分を想像して、チヤホヤされたいと考えてしまう自分も居たから……。

「な、なんでアイドルのオーデションなの?」
「賢人って子供なのに、全然子供らしい夢を語らないじゃない。将来は公務員のような安定した職業に就いて静かに暮すんだ! なんて。別に公務員という職業が悪いわけじゃないけれど安定したいだけの気持ちで目指すのは違うでしょう。あなただけの人生なんだから折角なら今のうちに色々な事に挑戦するべきよ」

 今の生活に十分満足していて、これ以上は厄介事でしかないと思っていたから。できれば安定した人生を送りたいなんて、そんな事を口に出してしまっていたことが裏目に出てしまった。

 俺としては将来設計をしっかりしている息子を演出するつもりで、将来は問題も起こさず品行方正に安泰だから父さん母さんは安心していてとアピールする気持ちで言っていたんだけれど。よくよく考えれば確かに子供らしくないかもしれない。ということは自業自得なのだろう。

 あぁしかし、母親が色々と俺の事を考えて行動してくれたことも理解できて簡単には今回のことを否定しきれない気持ちになっていく……。

「いやいや、だからと言ってアイドルなんて……」
「賢人はお父さんに似て男前だから、絶対に書類審査は通ると思ってたのよ」
 
 芸能界なんてモノの実情は知らないけれど碌なものじゃないだろうし。何よりアイドルなんて目立つことが仕事だろう。平穏無事には暮らせないだろうなぁ。

 せめて、一次審査で不合格にしてくれていれば今のように悩まなかったのに。書類審査を通した名も知れない審査員に恨みすら感じてしまう。

「だけど、なんで二次審査が明日にあるって今の直前まで黙ってたの? 事前に教えてくれても良かったんじゃ……」
「だって賢人は、こうやって追い詰めないとオーディションなんて受けてくれないでしょう。日が空いてたら、自分で断りの電話なんか入れて終わりにしちゃいそうだし」

 確かにココまで直近になって今更断りを入れるとなると、多くの人たちに迷惑がかかると考えてしまって断りきれないのが俺の性格だった。そうすると、オーディションを受けるしかない。

 母親は俺の性格を読んで秘密裏に計画を立てて今回の行動に打って出たのだろう。母さんの本気度を感じる、今回の出来事は逃れられないと……。

「あとは明日のオーディションで合格するだけ。貴方なら合格できるわ、頑張って!」

 ボルテージが上がる母親の様子を目の当たりにして、どうやらオーディションを受けないという選択肢は完全に消滅させられたと感じた。逃げ場がない。

「うぅ……、仕方ない、か」

 渋々としながら、オーデションを受ける決断をする。一次審査を通ったのはただの偶然、たまたま、運が良かっただけだ。

 二次審査を合格するかどうかは分からない。まだアイドルとなるのが決まったわけではない、だから大丈夫!


***


 そして迎えた、翌日。

 母親に連れられて、指定された会場に到着していた。今日は日曜日で両親は休みだったので、父親は日頃の激務の疲れを癒やすために自宅でお留守番。母親も家で休んでいるように言って、一人で行くつもりだったが母親も一緒に付いてきてくれた。

 オーディションが行われるらしい体育館のような施設。その会場の出入り口には、俺と同じように母親に連れられた下は小学校に入りたてぐらいと思われる幼い子供から、上は高校生ぐらいに見える人まで年の差の開いた子供たちが、かなりの人数集められていた。オーディションの受付が行われているのか、長い行列が出来るぐらいに。

 合格するための対策か着飾った子供たちが集まって母親が付きそっている様子はまるで、入学式のようだと思いつつ同じように列に並んで受付を済ませる。

「確認させていただきました。赤井様、本日はオーディションの二次試験にお越しいただきありがとうございます。この後ダンスの審査と面接を行いますのでご用意ください。それと、これを番号の見えるように着けてください」
「はい、わかりました」

 受付の順番になって本人確認を終えると簡単なオーディションに関する説明と、肩紐ゼッケンを渡された。受付の列から抜けて準備をするため、受け取ったゼッケンを身体に着ける。

「61番! そんなにオーディションを受ける人が居るのねぇ」

 ゼッケンに書かれた番号を目にした母親が驚きながら感想を述べる。受付を終えた周りの子供達も同じようにゼッケンを胸と背につけた番号が見える。中には三桁の数字を付けている人も居るのが目に入った。

 なぁんだ。想像していたよりも一次審査を突破した人が多いようだ、と安堵の気持ちが沸き起こる。これだけの人数がオーディションに挑戦するのならば、自分は二次試験を合格することはないだろうと気分がだいぶ楽になった。

「皆様、おまたせしました。只今から新人アイドルオーディションの二次審査を行いますので、審査会場へとご案内します。保護者の方は審査中、控室をご用意しておりますのでそちらでお待ち下さい」

 女性の声でオーディション開始のアナウンスが聞こえる。とうとう始まってしまうらしいという緊張。

「さぁ、いってらっしゃい。頑張って」
「あー、うん。頑張ってくる」

 両手を前でグーッと力を込めた握り拳をつくる母親からの応援を受けて、何の心構えも意気込むことも出来ず仕方なしという気持ちでオーディション会場へと向かう。