第01話 サプライズ

 これで三度目の転生である。

 一度目は、ごくごく普通のサラリーマンとしてドラマティックな出来事も特に無く平凡な人生を全うして。

 二度目は時代も文化も全然違う見知らぬ世界に生まれ落ち、前世とは大きく変化したファンタジーな世界を生きて、運命の流れによって最終的には勇者となった人生を送った。

 そして三度目が今回。時代は現代のよう。世紀末と呼ばれているぐらいの年代で、一度目の人生で経験した記憶にある世界によく似た、しかし前に比べて少し年代が昔に遡っている頃に俺は転生したようだった。

 三度目の転生となると慣れたもので、生まれたばかりの赤ん坊の頃から動きを制限された身体でありながら出来る範囲で行動し情報を集めた。そして自分の置かれた状況を少なからず知ることができた。一つ前の人生と比べたら、ごくごく普通な世界であるということを。

 生まれ変わるときに眼の前に神様が現れるなんてことはなく、状況の説明ないて無いし死んだら次の人生へ粛々と転生していく。

 自分は何故転生したのだろうか、何のために生まれてきたのかという哲学的な疑問が頭に思い浮かぶが、しかし結局は答えを出せないまま三度目の転生が起こっていた。

 やはり、この不可解な現象に意味なんて求めても答えの無い疑問なのだろう。生まれてきたのは、今いる世界で周りの生命になにかしらの影響を与えて生きていくことだけだ、という諦めに似た結論に達して俺は新たな人生に取り組むことにした。


***


 生まれてから10年たった今、俺自身や周りの人たちに取り立てて述べるべき事件も事故も起きていない、平和な日々を過ごしていた。両親は健在で、ありがたいことに裕福な家庭であるから生活に困ることもない、小学校生活を十分に満喫し楽しむ毎日を送る事が出来ている。

 普通の小学生として振る舞い、周りには迷惑をかけないよう普通な暮らしを過ごすことを心がけて生活しているが、俺と他人との違う部分を強いて言うとするならば日課として体を鍛えるトレーニングをしている事ぐらいだろうか。

 しかも結構キツめの、人に見られれば止められるであろう強度のトレーニングを誰にも見られないように隠れて行っている。前世の記憶と経験から、とにかくトレーニングを積んでおかないと毎日が落ち着けない。

 なにせ前世の今と同じ年頃には、剣を手に持ち武装して魔物討伐に挑んでいたから。その後、人生の大半を勇者として戦いに挑んでいたからこそ、何時でも戦いに備える事が習慣の一つとなっていた。
 それは転生してからも変わりはなく、今世は平和な世界であるにも関わらずそういう生き方をしないと気分が落ち着かない事が肝の部分に刻み込まれていた。

 それ以外には特に目立つような行動はしていないので、その御蔭で事件に巻き込まれることも無かったのだろうと思う。

 そんなある日のことだった、夕食後の時間に突然母親からA4サイズの紙を手渡されたのは。

「はい、これ賢人。読んでみて」

 夕食の後片付け食器を洗い終えた母親が、テーブルに座って大人しくお茶を飲み落ち着いていた俺に向かってニコニコ笑顔でそんなことを言ってきた。

「? 母さん、これはなに?」
「いいから、とにかく読んでみて!」

 突然な事に疑問を思いつつ急かす母さんに圧倒されながら、取り敢えず渡された三つ折りされた跡のある紙を目の前に、書かれた文字を黙読していく。


 赤井 賢人 様

 アビリティズ事務所 新人アイドル選考オーディション 二次審査のご案内

 拝啓 
 時下ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。

 さて先般実施しました書類審査の結果、第一次選考に合格されましたのでお知らせいたします。

 つきましては、下記の要領で二次選考である面接試験を実施いたしますので、ご出席いただきますようお願いいたします。

 なお、日程等で不都合がありましたら選考担当 木下 (000-0000-0000)までご連絡いただけましたら調整いたします 。

 敬 具


「はぁ?」

 文書を読み終えた俺の口から、思わずというように言葉にもならない疑問が漏れ出た。更に文章の続きに目を通していくが、日時と会場に持ち物などの詳細が記されているのを読もうとしても既に処理能力がパンクして頭に入らない。

「えっと、これは一体何なの?」
「アイドルのオーディション一次審査を通ったって通知よ。ほらココに合格って書いてるでしょ」

 書かれていることの意味を理解していないのかと、持っている紙を指さして詳しく説明しようとする母親の手を退けて、違うんだと抗議する。

「文字の意味が分からないんじゃなくて、なんでこんな物が? というかいつの間にオーディションに応募をしていたの? いやいや、というか合格!?」

 慌ててもう一度文書を読み直してみるが、当然のように同じく変わりなく合格という文字が書かれている。

 アビリティズ事務所というと、普段テレビをあまり見ない、アイドルに特に興味もない俺でも聞いたことがある結構有名なタレント事務所の名前だったと思う。そんな所から合格通知? 見知らぬ間にとんでもないことが起こっている、と背筋が寒くなった。

「こ、これ本当?」
「本気のホントよ」

 いやいやいや、そんな訳ないと信じられない気持ちで否定しながら母親の言っていることは本当なのだろうと信じてしまう自分も居た。普段から嘘なんて言わない人だから、わざわざ合格通知という小道具まで用意する人ではないから。

「と、父さん! 母さんが!?」

 椅子から立ち上がって、急ぎリビングのソファーで寛ぎながらテレビを見ていた父親の眼の前に紙を突きつけ、母親の突然の行動に不服を申し立て訴える。だがしかし。

「おう、一次審査は突破したのか。よかったじゃないか」
「と、父さん!? そんな、知らなかったのは俺だけ……」

 当たり前のように、父親は俺にとって衝撃的な事実を知らせても慌てた様子は無かった。事前に知っていたと言うことだ。

 あまりの出来事に体から力が抜けて、フローリングに手をついて項垂れてしまう。いやいやいや、なぜアイドル。今世は普通に平凡な暮らしをして過ごすんじゃなかったのか。突然すぎる。

「ほら、明日の準備をしなきゃ」

 突然の出来事に混乱している俺の肩を叩いて、がっくりと手をついていた床から立ち上がらせる母親。ん? 明日の準備?

「……あ、明日の準備って?」
「ほら、ここ読んで」

” 日時 6月6日(日) 09時00分から12時00分 ”

「あ、あしたァ!?」

 今は、6月5日の午後8時を過ぎた頃だった。