7.遅すぎた後悔、そして -王子視点-

 ドアを開いてくれたイザベラに挨拶をしてから、久しぶりに見た彼女について観察をした。
 イザベラは平民が着るような質素な白いワンピースを身に着けていた。しかし、ドレスを着ていた頃のイザベラに比べて今の格好は非常に似合っていて落ち着いた様子だった。なによりも、俺とは違って10年経ったのにもかかわらずイザベラは美しい女性のままだった。

 ふと今の自分が長旅でくたびれてしまった格好であることを思い出し、イザベラの格好を俺がとやかく言えるような立場ではないと思い至る。極秘で隣国へやって来た俺の今の格好は、見るものによっては盗賊だと言われるような薄汚れた格好であった。

 イザベラの事を観察を続けていると、耳に飛び込んできた言葉に俺は一瞬虚を突かれた。
「あの、大変申し訳ないのですが、どちら様でしょうか? 貴方は私の名前を知っているようですが、私の知っている方でしょうか?」

 イザベラの口から出た言葉が頭で理解できた時に、やはり10年前に俺がしてしまった事を許してはいないのだろうと瞬時に思った。けれども、イザベラの口調から嫌味は全く感じなくて、本当に誰だろうと疑問に思っているような問い掛けだった。そして、イザベラが俺のことを本当に誰か分からず質問しているのかもしれないと理解した。

 10年の月日が経ってイザベラは俺の事を忘れてしまったのか。いや、10年間で一切接触が無かったのに、突然現れた俺という存在に気付けないでいるだけだろうか。
 良い方にも悪い方にも考えられる今の状況に、速やかに俺が誰であるかをイザベラに説明したほうが良いだろうと判断して、肌身離さず首に下げている俺という存在を一発で証明出来るであろう王族にのみ継承されるペンダントを服の内側から取り出してイザベラに見せる。

「私は、フロギイ国の王。アウレリオだ」
 手のひらに載せたペンダントの先に取り付けられたメダルを覗き込んで確認するイザベラ。メダルの観察を続けてしばらく悩んで、ようやく俺のことを思い出してくれた。

「……あぁ、お久しぶりですね!」
 どうやら、10年という月日が経って俺のことを本当に忘れてしまっていたらしい。確かに俺は彼女に許されざる行為を行ってしまったけれど、イザベラの記憶から消されていたという事実には多少のショックを受けていた。
 ペンダントを服の内側へと戻す。イザベラは、時間は掛かったけれど俺のことについて思い出してくれたし、彼女の印象はこれから挽回していけば良いだろうと思い直して、イザベラとの話を進めることにした。


***


 イザベラの現在住んでいるという家の中へと招き入れられて、短い廊下を通って手狭な部屋へと案内された。そして、部屋の中央にあるテーブルへと座らされる。

 やはり、家の中も質素であり家具なども少ない。かつては貴族の子女だったイザベラが、この様な場所で生活することになろうとは昔の俺には想像もしなかったけれど、短い時間だけれど今のイザベラの姿を見てみると妙に似合っているように思えた。

「あの、ここに来た用件は?」
 席に着くとすぐにイザベラが話を振ってくれたので、俺は話を始めた。

「君は昔と変わらず綺麗なままだね」
「それで、ここに来た目的は?」
 イザベラの強硬な態度に最初の話題振りを間違えてしまったことを感じて、仕切りなおして単刀直入に話してみることにした。

「実は、君にフロギイ国に戻って来てもらいたいと思っているんだ」
「はぁ?」
 疑問顔のイザベラ。彼女に我が国へ戻って来て欲しいなんて確かに今更な話ではあるけれど、俺は心の底から10年前の出来事について謝罪したいという事を告げた。そして、10年前に断ち切ってしまった俺とイザベラとの本来あるべき関係に戻したいという事を語った。しかし……。

「申し訳ないのですが、私はフロギイ国に戻るつもりはありません。そもそも、”私”は10年前に処刑されて死んでしまった人間です。だから、あの国に戻る事はありえませんよ」
「え?」
 イザベラの言葉に、思わず俺は無意識に呆気にとられたような声を出してしまった。何故、どうして。10年前の出来事や彼女の罪は、イザベラが国へ帰ってきてくれれば無かったコトにできるだろうし、彼女さえ国へ戻って来てくれれば本来のあるべき関係に戻れるはず。

 イザベラが断ることは無いだろうと想定していたのに、思いもよらない彼女の返答。俺は次の言葉が出ず、しばらくの時間が過ぎた。
 そして、気付く。俺の謝罪の言葉が彼女には軽すぎたのだろうか。俺は改めて気持ちを込めてイザベラに謝罪の言葉を投げかけるが、イザベラには国に戻るという気持ちは一切無いということを理解させられた。

「どうしても、国に戻ってくるつもりは無いのか?」
「えぇ、私は」
 俺は縋るような気持ちでイザベラに最終確認をした。そして、彼女が答えようとしたその瞬間に誰かが部屋へ入ってきた。

 扉を開けて部屋に入ってきたのは、30代ぐらいの見知らぬ男性だった。イザベラは1人でこの家に住んでいると思っていた俺は、ビックリしていた。彼は一体誰だろうか。

「イザベラ、ご飯は出来たか? って、あれ? 誰か来ているのかい?」
 男は脳天気な声を出しながら、俺に目線を向けてきた。イザベラと親しそうな男、嫌な予感がした。

「その男は誰だい、イザベラ?」
 俺は男から目線を逸らせずまっすぐ見つめたままで、男の正体についてをイザベラに聞いて確認した。

「僕はイザベラの夫、名前はフィリップだ。よろしく頼む」
 だが、イザベラに聞いた質問は目の前に立っていた男が代わりに答えていた。ソレは一番聞きたくなかった事実だった。まさか、イザベラが既に結婚していたなんて……。
 そして、フィリップと名乗った男の言葉に付け加えるようにしてイザベラが詳細を話してくれた。その話を聞いて、俺は絶望した。


***


 イザベラと一緒に住んでいるというフィリップという男は、イザベラを部屋から出した後に俺の正面の席に腰を下ろした。どうやらフィリップが俺に話があるらしい。おもむろに彼が話し出した。

「君の事は聞いているよ。たしか、イザベラの元婚約者だったアウレリオさんだね」
 フィリップの声は俺を何かとイラつかせたが、それを表に出さないように、向かいに座る相手に悟られないように自分を抑えて話を聞いていた。

「結婚しているといっていたが、本当なのか?」
 そんな事を聞きたいのではなかったけれど、俺は何を話すべきか迷ってしまい気がつけば質問していた。俺の質問内容に答えるため、フィリップは長々と喋りだしたために俺は静かにフィリップの話に聞き入るフリをしてイザベラをどうにかして自分の国へ連れ戻せないかと考えていた。

「それで、アウレリオさんは今更なぜイザベラを尋ねてきたんです?」
 フィリップの話は終わったのか、今度は俺について聞いてきた。

「それは、イザベラに故郷へ帰ってきてもらいたいと思ったからだ」
「……そうですか。ですが、彼女は帰る意思は無いと思いますよ。それに、彼女は今絶対に帰国の旅に出るつもりは無いだろうし、僕も彼女を国へ帰す気持ちはありませんよ。だから、残念ですがアウレリオさんの願いは適いません」
 イザベラが絶対に我が国へ戻ってくることは無いと断言するフィリップ。そして、何故そんな断言ができるのかと理由を聞いて俺は絶句するしかなかった。

「彼女は今妊娠している身ですから。彼女の身には赤ん坊が居るんです」
「……そんな」
 本当にイザベラを連れ戻す正当な理由も手段も無くなってしまった。俺はイザベラが妊娠しているという話を聞いて本当にイザベラを諦めるしかなかった。過去を取り戻す唯一の方法が無くなってしまった。

 それから、イザベラの現状を知ってしまった俺は虚脱してしまい、フィリップとの話も適当に切り上げてイザベラと別れの挨拶もせず、そのまま部下を引き連れ一目散で国へ帰ることに。

 何もかもが本当に遅かった。俺の心にその一言だけが残った。


***


 その後、イザベラを連れ戻すことを諦めて国へ戻ったアウレリオは内戦を起こしている反乱者達に総力戦を仕掛けたが直ぐに敗北してしまった。フロギイ国は反逆者達に滅ぼされることになり、王室の直系血族は全員が処刑されてアウレリオはフロギイ国の最後の王となってしまった。

 

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