08話 女装通学

 翌朝。女物のブレザーにスカートを履いて、学校へと行く支度をした。そうしてから女ばかりの世界に出ていくという決意を新たにして、俺は玄関の扉からゆっくりと出た。

「おはよう、アキラ」
「うん、おはようネネ」

 自宅を出てすぐの道路に立っていたのは、幼馴染の七瀬寧々だった。わざわざ俺の通学が無事にできるようにと、様子を見に来てくれたらしい。誰も居なくなる自宅の鍵を締めたのを確認してから、待ってくれていた寧々に近づいてお礼を言う。

「朝弱いのに、わざわざ来てくれてありがとう」
「うん、大丈夫。心配だったからね」

 いつもは学校が始まるギリギリまで寝ていて、朝ごはんも通学しながら食べるという寝坊ぶりのある寧々が来てくれた事に俺は驚いていた。しかもいつものように起き抜けのボサボサヘアーではなく、きっちりと整えられた髪型に服装。ほんのりと柑橘系の爽やかな香りまで漂っている。

「レモンのような酸っぱさのある香りだ。目が覚めて頭がスッキリするよ」
「わかるかい?」
「それって香水?」
「えっと、……うん。変かな?」

 寧々が香水をふりかけている事なんて今まで記憶になかったけれど、どうやら突然オシャレに目覚めたみたいだった。その突然の理由は自惚れでなければ、俺が原因だろうか。

「ネネに似合っているよ。いい匂いだね」
「それは良かった」

 野暮なことは言わないように気をつけながら、褒めるだけに留める。すると彼女はホッとした様子で笑った。やはり普段から香水をつけ慣れていないのか、もしかしたら初めての事だったのかも。

 朝の挨拶を終えた俺たち二人は並んで、学校を目指して通学路を歩き出した。しばらく行くと最寄りの駅があり、普通電車を5駅乗った先で下りて、そこから少しだけ歩くと在学している高校に到着する。だいたい1時間掛かるぐらいの通学路だった。

「本当に大丈夫かな? 気づかれないかな」
「大丈夫だって。ほら、誰も気にしていない」

 駅に向かう道中には、会社に向かうのだろうかスーツを着た社会人や、学校に向かうと思われる学生達が同じように駅を目指して歩いていた。

 そして当たり前のように、歩く人達は全員が女性だった。何処に目を向けても男性は見当たらない。駅に近づいていくにつれて、その女性達の数も増えていく。

 もし男だとバレたらどうしようかと心配事で頭がいっぱいになっている俺は、その場にいる人たち全員が自分に視線を向けてきているように感じていた。

 まるで、海外に行って周りが全て外国人だった、あの時の疎外感のような感情を思い出させる風景だった。

「今日はいつもより人が多いかな」
「事故があったってアナウンスで言ってるね」

 駅に到着して改札を定期で通り、乗車口へと並ぶ。スピーカーから聞こえてくる放送によると、人身事故による運行ダイヤの乱れが生じていると告げられている。

 周りを見ていると、スーツを身に着けた女性ばかり。朝の通勤ラッシュでサラリーマンが列に並ぶのは見慣れた景色だが、そこに男性が居ないだけで強い違和感を感じてしまう。むしろ普段は男性ばかりで、女性は女性専用車両があるから別の列に並んでいるので通勤ラッシュ中に見ることが少ないだろうか。

「今朝は本当に人が多いな。はぐれないように、手でもつなぐかい?」
「子供じゃないんだから、大丈夫だよ」

 ニヤリと声を出さない笑いで提案してくるネネ。キョロキョロと視線をあちこちに向けているのが、落ち着きが無いと思われたのだろうか。心配もされているかもしれない。

 そうこうしているうちに、まもなく電車が到着します、という放送がスピーカーから流れてきた。いよいよ電車に乗ることになる。

 列を作って待機中の乗客のザワザワした声と、電車の近づいてくる走行音が混ざり合い、耳に入ってくる音が非常にうるさくなった。

「うわっ」

 電車が止まって乗車ドアが開くと同時に、並んでいた乗客が一斉に動き出して乗り込んでいく。その瞬間に俺の後ろに並んでいた客が予想以上に身体を密着させてきて、身長の低い俺の頭に後ろの客の胸と思われる柔らかな物体が当たってきていた。その出来事に、思わず声を上げてしまった。

 グイグイと後頭部が女性の胸で押されているが、前も詰まっていてなかなかに乗り込めない。と言うか、前のスーツを着た女性のお尻と背中が俺のお腹と顔に密着している。予期せぬ女性のサンドイッチに息が止まった。

 普段なら男として喜べるシチュエーションかもしれないが、今の俺は女装しているという特殊な状況。男だとバレていないだろうかという心配のほうが強く、女性に密着されてもヒヤヒヤして全く喜べない。

 そうしてギュウギュウと後ろに前にと押されながらも、なんとか電車に乗れた時になってようやく気がつく。

「マジではぐれちゃった」

 ネネが近くに見当たらない。ホームに並んで立っていたから、同じ車両に乗り込めた筈だが周りを見てもネネの姿が見当たらない。

 そもそも身長が低い俺は、周りに立っている数人の女性の身長に視界を阻まれて車内を見通すことが出来ていない。

「困った」

 手を引くと言われて断ったが、もしかしたら本当に子供のように手をつないで居てもらったほうが良かったのでは、と後悔先に立たずだった。

「あっ、すいません」

 ネネとはぐれて困惑している時に電車が揺れて、近くに立っていたキャリアウーマン的な黒のスーツを着た女性に寄りかかってしまった。手すりも吊革も手が届かないので、不安定な状態で立っているから倒れてしまいそうになる。

 誤ってから姿勢を正して再びネネを探そうと車内に目を向けようとして、また側に立っている女性に接触してしまった。しかし今度は電車の揺れでも倒れそうになったのでもなく、女性の方から近づいてきた。

 あんまりくっつかれると女装している胸がズレたり、股間の不自然な膨らみが大きくなって気づかれるかもしれない。離れようとするけれど、満員電車の中で左右も後ろも下がれなくて身動きが取れない。

 更に女性との密着度が高まって、彼女の手が肩を掴んでいた。ヤバい。胸を触られたら偽物だってバレるかもしれない。身を捩って逃げようとするが、思うように動けない。

「おい、そこのセクハラ女! 一体何をしている」

 男だとバレてしまうかもしれないという危機一髪な時に、ネネの上げた声が車内に響き渡った。

 

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