09話 学校到着

 同じような学生服を着た女学生、スーツを着こなしたキャリアウーマン、おしゃれな洋服を身にまとっている女性たちに囲まれた朝の通勤ラッシュである満員電車。見た範囲では車両内には男が自分以外には一人も乗っていない。

 シチュエーションだけ見れば、女性ばかりの場所に男は俺だけという羨まられるような場面だが、俺も女装をしているので車内には傍から見てみれば男は誰一人乗っていないように見えるだろう。

 そんな車両の中で身動きが取れずに困っていた所でネネの大声が聞こえてきた、その次の瞬間にはグイと右手を引かれて人混みの中から引っ張られて、身体の位置を無理矢理に変えられていた。

 すると先程までは満員電車の中で身動きが自由に取れなかったのに、位置を変えると人混みの中に埋もれていた圧迫感が無くなって、問題なく立っていられるようなネネの側近くへと位置が変わっていたのだ。

「大丈夫? アキラ」
「あ、うん。ありがとう助かったよ。こんなにギュウギュウ詰めだと思うように身動きが取れなくって」

 ネネが引っ張ってきてくれた空いたスペースに身体を入れて、楽な姿勢を保てるようになった。そのおかげで、これなら学校最寄りの駅に到着するまでは大丈夫そうだと俺は安心していた。

 ほっと一息ついた俺を心配そうな目をして見下ろしながら、顔を覗き込んでくるネネに対して大丈夫だと示すように笑顔を見せて、お礼を小声で伝える。

 小柄な身長の俺はネネを下から見上げるような姿になって、大柄な彼女の身体に覆われるようにして守られるかのように車内に立っていた。まるで男女の立ち位置が逆だろうにと頭に思い浮かぶのだけれど、身長差があるのだからと仕方ない事として諦めている。

 そして先程のネネの大声で、周りからの何事かと興味深く視線を向けてくる乗客の目には気づいていたけれど、極力気づいていないふりをして俺達は無視を決め込んで小言で会話を続けた。

「さっき、不審な女に身体触られてただろう?」
「うん。女の人はネネの声で逃げて行ったみたいだけれど……」

 さっき身体を触ってきた女性を思い出す。もしかしたら、女装している俺が男だとバレてしまって、触って確認されていたかもしれない。ネネの声に驚いたのか、すぐに触っていた手を引っ込めて別の車両に移っていったのか、今は姿が見えない。

「すごく積極的に身体を触ってきていたけれど、もしかしてバレてしまったかも」
「え? いや、そっちじゃなくて……。えっと、うん、すぐに逃げていったからバレてたって訳じゃないだろうから安心していいと思うよ」

 あんなに積極的に触ってきたのは確認するため。男だとバレたんじゃないかと思った俺の危惧に対して、ネネは心配そうな表情を浮かべて歯切れの悪い口調となり、それから複雑そうな顔になって男だとバレたかもしれないという不安を否定し、問題ないだろうと断定した。

 彼女は疲れたような表情をしていた。男だとバレてはまずい状況になる不思議な世界。担任の先生からの突飛な発案で、女装をしてなんとか学校に行って日常生活を過ごそうとした初日から、朝の通学時間の時点で既にバレそうになってしまった警戒心のない俺の行動に面倒さを感じているのか、もしくは呆れて落胆しているのかもしれない。そんな表情をさせてしまった事に、俺は申し訳無さを感じていた。

 せっかく助けてくれているネネに悪いことをしてしまった。わざわざ朝から家まで迎えに来てくれて、一緒に通学路を補助しながら来てくれている彼女には、これ以上に面倒をかけないようにより俺は一層警戒心を強めていかないと、決意を新たにした。

「まぁとにかく、さっきの人みたいに身体を触ってくる人が居たら迷わずにすぐ逃げるか、私に報告して。助けるから」
「わかった、ありがとう」

 不審者が居たら逃げるか助けを求めて。ネネの言葉は、まるで小さな子供に言い聞かせるような忠告だったが、乗車前に言われた迷子にならないようにと言われた注意に大丈夫と言ってみせたのに、次の瞬間には人混みに揉まれて男だとバレそうになってしまった事態を思い出した今は、彼女の言葉を素直に聞き入れていた。


 それから車内では特に問題も起きることもなく、ネネに身体を呈して守られながら学校の最寄りである目的の駅まで順調に車内で過ごすことが出来ていた。

「目的の駅に到着した。降りましょう」
「わかった」

「一緒に降りた他の学生が多いから、ホームで少し待ってから改札を出よう」
「わかった」

「定期を忘れないように出して、スムーズに改札を出られるように」
「わかった」

 まるでお守りをする母親のような甲斐甲斐しさで電車を降りる所から、改札に向かうまで、定期を駅員に確認してもらい改札を抜けるまで一つ一つの行動を丁寧にチャックしながら進んでくれているネネだった。

 その御蔭で朝の満員電車での出来事の他には何事もなく、けれどもようやくという疲れた気持ちで学校へとたどり着くことが出来た俺達だった。

 

 

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