第01話 キャラクターロストから始まって

「え?」
 思わず漏れ出た無意識の声は、目に見えて入ってきた情報と想定していたものが全く違っていために出た声だった。

 5年前から毎日欠かさずログインして遊び続けているゲームを、今日も同じように始めようとヘッドギアを装着し、仮想世界へとやって来た。
 それから習慣となっている、ログイン後に間を開けず直ぐに情報ウィンドウを目の前に表示するという動作。ここまでは変わらずスムーズに、いつもの様につつがなく進められた。それから情報ウィンドウに育成中のキャラクターデータを表示させると、今日のゲームプレイのスケジュールをどうしようと頭の中で軽く計画しようとしたところで違和感があった。

 目に飛び込んできたのは昨日と違う情報。

「あれ?」
 思わず情報ウィンドウを一旦目の前から消して、もう一度呼び出しキャラクターのデータを表示させる。が、やっぱり何も映らない。
 いや、情報ウィンドウは問題なく動作しているけれどデータとして表示されるキャラクター名が画面一覧から消えていた。

 いやいや、まさか、まさかと今の状況を否定しつつも嫌な予感。焦って情報ウィンドウを操作する指が震える。

「プレイヤーのデータは問題なし。キャラクターの育成拠点の情報は問題なし。プレイヤーの持つアイテム情報も問題な……あれ?」
 情報ウィンドウを順々に操作していって、キャラクターがロストした以外に異常を探す。何処に問題があるのか、順番に切り分けていく。
 すると、他にも微妙に記憶と違う数値になっているデータが見つかった。しかし一番明らかな異常は、キャラクターのデータが全て消えていた事だった。

「アーベルは? カロリーナ? モニカも? 全部消えたのか?」
 何千時間も掛けて育て上げた俺の拠点で最強の勇者アーベルも、知力と魔力をゲーム理論値を極限まで見極めて計画し鍛えた賢者カロリーナも、ゲーム攻略の時に非常に貢献してくれた世界中を縦横無尽に駆け巡って情報収集を集めてきてくれる諜報員モニカも、他にも5年の月日の間に、約6000時間のゲームプレイで積み重ねて鍛えて厳選してきた192名のキャラクターが情報一覧から全部消えていた。

「ふふふっ、そんな訳無いだろう?」
 あまりの衝撃に思わず含むように笑ってしまって、けれど情報ウィンドウを操作する指は相変わらず震えていて、訳がわからない状態だった。

 俺がプレイしているアイティオピアというゲームは運営が非常に優秀で、今までキャラがロストしてしまったとか、プレイヤーのデータが破損してしまったとか言う話を聞いたことがなくて、まさか俺のデータが破損するなんて想定すらしていなかった。
 それなのに今、育ててきたキャラクター達が見当たらない。

 どれ位の時間を掛けてキャラクターを探していたのか焦っていて分からないけれど、かなりの時間掛けて探していたはず。なのに、どうやっても情報ウィンドウからキャラクターのデータは見つからなかった。
 と言うか、既に俺は現実に薄々気づいてしまっていた。

 ログインした時に最初に辺りから聞こえてくる音、それが今日は妙に静かで一切聞こえてこなかった。
 その聞こえてくる音というのは、ゲームをプレイしていて育成を進めているキャラクターたちが訓練しているという様子を表すために聞こえてくる声である。だから、拠点に居る俺にキャラクターの声が聞こえてくるはず。

 つまり、いつも居るはずのキャラクター達が拠点の中から居なくなっている。

「そ、そうだ! 運営に確認のメールを」
 キャラクターがロストしたという今の状態について、落ち着いて送信先に状況を明確に把握できるようにメールに記して、運営の問い合わせフォームから送ってみる事にした。
 情報ウィンドウを操作し、通信という項目を選んで送信先に運営のアドレスを選択する。
 5年間で運営に連絡するのは初めての事だったので、四苦八苦しながらも慎重にメールを準備して、本文と相手先を2度確認してから、やっとの思いでメールの送信を完了する。

 メールを運営に送り終えてから、これからどうしようかと考える。と言っても、今の不都合が起きた状態でゲーム進めるのは、更に問題が併発してしまう可能性があるので、取り敢えずはログアウトしようと結論付ける。

 毎日の楽しみが、思わぬアクシデントで邪魔されてしまった。今の時間からゲームがプレイできないとなると、アイティオピアをプレイするために開けていた時間なので、他に用事もないので暇になってしまう。

 しばらくは、ゲームがプレイ出来ないならば俺と同じようにキャラクターのデータがロストした人をネットで探してみよう。もしかしたら、俺以外にもゲームの問題が起こっている人が居るかもしれない、ネットで報告しあってるかもしれない。そんな事を考えながら、いつもの様にログアウトしようとするが再び違和感。

「あれ? ログアウトボタンは?」

 いつもあるはずの場所に、ログアウトボタンが表示されなくなっていた。ボタンが反応しなくなったとか、デザインが変更されたとか言う訳ではなく、本当にログアウトボタンが見当たらなくなっていた。

 何がどうしてこんな事になっているのか、ゲームの異常の原因は何なのか少しでも情報を集めようと情報ウィンドウを一面探しまわっている時に、ふと気づいた。

「匂いがする?」
 嗅覚が機能している事に気づき、匂いをかいでみる。微かに花の香がフワッと匂って、愕然とする。

 そこから、さらにとんでもないことに気づいてしまった。俺は急いで情報ウィンドウを操作して、所持アイテム欄を情報ウィンドウに表示させると、そのアイテム一覧の中から【飲み物】弘法茶というアイテムを選択し、手元に出現させる。
 そして手に持った飲み物を恐る恐る口につける。液体が舌に当たる触感を認識しつつ、グイとお茶の入った陶器を傾けて飲み込む。

「味がする……」

 嗅覚と味覚が感じられる事で、いよいよおかしな事態になっていることを把握させられた。
 ゲームの中で嗅覚や味覚の2つの感覚が機能しているという事は、非常に異常な状態である。なぜなら、一昔前にVRMMOのゲームに没頭するあまり現実と仮想世界との判別がつかなくなるというプレイヤーが続出したために、VRMMOという技術を使用するゲームには嗅覚と味覚の2つの感覚は機能しないように意図的に設計されている。
 この2つの感覚をゲーム内で使う事は法律によって固く禁止されていて、今販売されているゲームの中で嗅覚と味覚が機能するような物は存在しないとされている。それなのに、何故俺はさっきこの2つをゲームの中なのに感じられたのだろうか。

 ふと、お茶を持っていた手を見てみると右手の肌のディテールに違和感があった。
 アイティオピアの人物レンダリングの能力はVRMMOゲームの中でトップと言われていて、非常に細かく作り上げられていると評価されている。だから俺は、初めてアイティオピアをプレイした時も現実と錯覚するぐらい綺麗に出来ていると思っていた。だけど、長年プレイして慣れてくると粗が少し目に付くようになって、やはり現実とはちょっとだけ違うなと思ったことを覚えている。

 だが、今はその現実とゲーム内との差異が一切感じられない。まるで今の手の肌の状態が、本当にある現実のように感じられた。

「一体どうなっているんだ……」
 こうして俺はキャラがロストしていると気づいた時と同じぐらいの衝撃を受けて、今の状況に呆然とするしか出来なくなっていた。

 

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