第09話 奴隷

 相変わらずヴェルナーは、ペスカの剣が所有する住処で居候となって、朝夕には彼らの飯の世話をしながら一緒に暮らすという生活を続けていた。だが、ヴェルナーとパーティーメンバーである彼らは日中には、別々になって行動をしている事の方が多かった。

 ペスカの剣のパーティーリーダーであるアルノルドは、先の魔物の森での全滅一歩手前となった失態を反省して、一から自分を鍛え直そうとガイウスと一緒になって修行を始めていた。その間は、ペスカの剣として冒険者ギルドからの依頼を一切受けることを止めて、冒険者パーティーとしての活動を一旦停止しながら、アルノルド自身が納得の行く限り特訓するつもりで過ごす事に決めたのだった。

 パーティーの活動は一時中断という事情となった為に、他のメンバーも思い思いの過ごし方をすることになった。

 ガイウスは先程も述べた通り、リーダーと一緒になって修行に励んだ。魔法使いであるモレナは、拠点にある自室兼研究室に引きこもり魔法の研究に没頭し、僧侶であるバルナバは教会に赴いて回復魔法の技を磨くことに専念することに。

 ペスカの剣のメンバーがそれぞれ自分を鍛える修行に励む一方、ヴェルナーは当初の予定通りディフェシュタットの街の偵察を繰り返し行なって、情報収集に取り組んでいた。もちろん、その偵察という目的についてはディフェシュタットに住む市民の誰にも悟られないように本心を隠しながら自然に行って、今では市場の人間とも挨拶を交わしたり、立ち話をする程度には関係を育んで、街に溶け込んでいた。

 その日も、市場に赴いて食事の為の食材買い出しという目的でカモフラージュしてやって来ていたヴェルナー。本当の目的は情報収集である彼は、目的を達成する為に視線の向きを隠しながらあちこちの観察を続けている、市場の有る通りに見慣れぬ馬車が止まっているのを発見した。

 その見慣れぬ馬車、二匹の馬に引かれた荷台は鉄格子の檻のような形になっていて、中に様々な女性が詰め込まれるようにして載せられていた。その女性達を見たところ、上は老婆のような年老いた女性が、下はまだ若くて未熟な幼女が居た。

 女性達はみすぼらしい身なりをしていて、客を乗せた乗合馬車のようには見えない。つまり、彼女達は……。馬車を眺めながら、そう考えるヴェルナー。

「先程から商品を眺めて居られますが、ご入用ですか?」

 何気なく、市場の通りに止められた見覚えのない馬車の観察を続けていたヴェルナーに、腰を低くして揉み手をしながら、怪しい笑顔を浮かべて近づいてきた細身の男性が声を掛けた。

 彼こそが、今しがたヴェルナーが見ていた奴隷の所有者だった。目ざとく興味深そうなヴェルナーの存在に気づいたので、話しかけてきたのだ。

「いえ、ただ見ていただけです」

 ヴェルナーは声を掛けてきた商人の方には目線を向けずに、檻の中に居る女性達の方へと目を留めていた。実は、その女性達の中にいる一人の幼女が気になっていたからだった。

「おや、猫耳族の少女が気になりますか?」
 ヴェルナーの向けている視線を追って、商人が考えを口に出した。そう言われて、ヴェルナーはちらりと商人の男性に横目を向けて、頷いた。

「えぇ、まぁ」
 商人の言葉に対して、曖昧に答えるヴェルナーだった。商人の言葉通り、ヴェルナーは2つの理由があって、その猫耳族の幼女に注目していた。

 その理由の一つは、その幼女の耳が人間とは明らかに異なる特徴的な骨格をしている事、それからお尻に人間には無い尾っぽが有るのをヴェルナーは見て取ったからだった。ピンと三角に伸びた耳の先、今は髪の毛で隠されている幼女のそれを見て、彼女が情報に有る猫耳族という種族か、と商人の言葉が加わって納得した。

 そして、もう一つは彼女が病に冒されている事に気がついたからだった。しかも、病に対して処置している様子も見られない。あのまま放置してしまえば、普通の人間ならば数日中には死んでしまうぐらいに症状が進行しているのがヴェルナーには分かってしまって、気になったからだった。

「お客様は、大変お目が高い! 猫耳族の奴隷と言えば、我々奴隷商人もめったにお目にかかれない非常に稀な商品なのです。実を言うと、私も初めて取り扱う商品でして、仕入れるのにとっても苦労したのですよ」

 何を隠そう、商人は猫耳族の幼女が病に蝕まれる事を認識していた。数日前に、他の奴隷商人から格安で手に入れた猫耳族の幼女だったが、ソレが病気持ちだと知った商人がババを引かされた気分で居たところに、ディフェシュタットの街にやって来てヴェルナーと出会ったのだ。

 そして、猫耳族の幼女が先の長くないことまで承知の上で、猫耳族の希少性を声高にヴェルナーに訴えて、あわよくば彼に売りつけてやろう、というのが商人の魂胆だった。

「もしよろしければ、非常に貴重な奴隷猫耳族と、そちらの指に嵌めている指輪、交換いたしませんか?」
「これか?」

 商人の狙いは、ヴェルナーが右手指に嵌めていた指輪だった。その指輪は、宇宙船の操縦用、それから通信用のデバイスであった。だが、宝石が散りばめられていて見た目も綺麗なので、本来の機能を知らないまでも装飾品として使うのに非常に有用そうであった。

 商人は、ごくごく一般的な市民という格好をしたヴェルナーが、その身なりには似つかわしくない高級な指輪を身につけているのを見て、そのモノの価値をヴェルナーが正しく理解していないと予想し、都合よくいけば奪い取る事が出来るのではないかと考えていたのだ。

「そうですね、金貨ならば5万ゴールド程という所でしょう。どうでしょうか?」
 一般的に成人女性の奴隷を一人買うのに必要な相場は、約1000ゴールド程。猫耳族という希少価値は有るものの、まだ見た目には幼く、一部の好色家以外には需要が少ない。なので、それらを換算すると5万ゴールドという猫耳族の幼女に掛けられた値段は、ふっかけ過ぎである。

 それから指輪に関して言えば、見た目から一瞬で分かる精緻を極めた細工から、遠くからでも目を引く宝石の輝き、ソレが嫌味を感じさせることのない非常に均衡の取れた完成された指輪。

 貴族ならば誰もが欲しがりそうな商品であり、商売の方法如何で数百万ゴールドと値段をつけても販売するのにも苦労はしなさそうだった。それを5万ゴールド程度の価値だと偽って、ヴェルナーから取り上げようとしていた。

「それならば、指輪は無理だがコレで支払いをお願いする」
 商人から猫耳族の価値を聞かされたヴェルナーは、そう言ってポンとごくごく簡単に5万ゴールドを懐から取り出して商品に渡した。ヴェルナーは指輪ではなく、先日の件で手に入れた現金で支払うことにしたのだった。

「ん? うぇ!? こ、これは……、お、お買い上げありがとう御座います」
 商人は最初、訝しげな顔でヴェルナーの取り出したお金の入った袋を受け取ったが、中身を見た瞬間に焦った声を上げてしまい、何とか持ち直して購入したヴェルナーに御礼の言葉を口に出した。
 ヴェルナーの身なりを見て一介の市民だと判断していたのに、即座に5万という大金を出してくるなんて、予想をしてなかったからだ。

「ね、猫耳族の奴隷のお買上げ、ありがとうございます。他にも、優秀な奴隷を取り揃えておりますが、どうでしょう? もしよろしければ、その指輪と交換なら二人や三人の」
「他は必要ない」
「承知いたしました。では、猫耳族の奴隷の引き渡しを」

 衝撃から立ち直った商人は、指輪を手に入れようと更に奴隷の商売をヴェルナーに仕掛けるが、バッサリと断られた。流石にこれ以上強引には無理かと悟って、さっさと猫耳族の奴隷をヴェルナーに引き渡し、商売を成立させるように動き出した。内心では欠陥品が、思いの外高値で手放せたことを喜びながら。

 こうして、ヴェルナーは奴隷商人から猫耳族の所有権を受け取り、その幼女の主となることになった。

 その商人は、最初の目的であったヴェルナーの身につけている指輪を手に入れることは叶わなかったが、その代わり商品価値以上の値段で猫耳族の幼女を処分できたと内心大喜びで居た。一方ヴェルナーは、ある目的を果たすため必要な人物を確保できたので大満足だった。両者ともに、満足がいく良い商売が成立したのだった。

 

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